そばの散歩道

お店紹介

各地の名店

幕末以来150余年
伝統の肥後そば

 熊本県は九州の中でも比較的そばが良く食べられている地域で、生産量も鹿児島県に次いで多い。『肥後名代手打 生蕎麦 井上』は、熊本で営業しているそば店の中で最も歴史のある店として知られている。
 『肥後名代手打 生蕎麦 井上』の創業は1867(慶応3)年、翌年が明治元年だからまさに日本が新たな歴史を歩みはじめようとしている時に店を始めた。以来150余年にわたり、肥後そばの伝統を守ってきた。店は1997(平成9)年までは駅に近い場所で営業していたが、駐車場の確保の必要性もあり、現在地に移転した。
 「このあたりは鍛冶屋・桶屋を中心とした職人の町で、初代は桶職人だったと聞いています。その傍らそば店を始めたようです」と話すのは4代目・井上博信さんだ。井上さんは、熊本市内を中心に組織する「熊本そば名店会」の会長を務めている。

店舗の外観と内観。ゆったりとしたつくりの店内は入口近くにウェイティングスペースもある。
明治25年当時の営業許可証が掲げられている。
 『肥後名代手打 生蕎麦 井上』では、北海道産・鹿児島県産のそば粉を使用している。北海道産は秋に新そばが出るが、鹿児島県産は年明けになる。熊本のそばは、かつて製粉技術が未熟だった時代の名残で黒めの仕上がりが伝統だが、井上さんは「昔は殻などが入っていましたが、今は製粉技術が向上したので、きれいに挽かれていて、黒いのは色付け程度です。最近は熊本でも白めのそばを出す店が増えました」と話す。
 歴史のある黒いそばに加え、30年ほど前から「別打ち」として更科そばに近い白いそばも提供するようになった。製粉会社の工場見学の際にもらったサンプルを使用したのがきっかけだったという。『肥後名代手打 生蕎麦 井上』は黒と白、2種類のそばを味わうことができるのだ。食べ比べてみると、そばの味を強く感じる黒と、あっさりとした白の違いが良くわかる。
 汁はかえしをとらず、鰹節などでとっただしに醤油・赤酒(熊本県で生産されている灰持(あくもち)酒(ざけ)=醸造したもろみに灰を入れて作る甘味の強い日本酒の一種)
・2種類の砂糖で味つけをする。かけ汁は薄口醤油、もり汁は濃口醤油を使うが、代々使ってきた醤油業者が廃業する際には、他の業者に味を引き継いでもらい、『肥後名代手打 生蕎麦 井上』専用の醤油を醸造してもらっている。薄口醤油は色が非常に薄く、かけ汁にはほとんど色がつかないのも特徴だ。濃口醤油は九州らしく甘味が強く、もり汁は甘めでコクのある仕上がりとなる。こうして守ってきた味が地元の方に愛される。
「ざるそば」を見るとかなり色が黒めなのがわかる。そばの風味を味わえる伝統の「肥後そば」だ。コクのある汁とも良く合う。
更科そばに近い「別打ち」は、あっさりとした味わいでのど越しを楽しめるそば。今ではお客様にも定着している。
ゆでたそばにそのままかけ汁をかけた「釜揚そば」。湯に入れてつゆをつけるものは「桶釜揚そば」として区別している。
 品書きは井上さんの代になってから、人手の問題もあってかなり絞り込んで減らした。その中でも「釜揚そば」「桶釜揚そば」は、そば好きに好まれる通好みの品だ。俳優・勝新太郎氏も「釜揚そば」を食べて絶賛した。かけ汁にほとんど色がついていないので、とても上品な仕上がりだが、ゆでたそばを洗わずにそのまま使うため、すすり込むとそばの風味が際立つ。
 取材時は12月、井上さんに年末の営業に話しを向けると「今は体力的なこともあり、店舗の営業は29日まで、30・31日はお土産だけの営業です」とのこと。2日間はお土産のみの営業とはいえ、1,000食近くを提供する。
 店の歴史も長いが、お客様も世代を超えて来店される。『肥後名代手打 生蕎麦 井上』が提供する味はお客様たちにも代々受け継がれている。

肥後名代手打 生蕎麦 井上

熊本県熊本市南区野田2-29-59

096-357-9315