都会の中の静けさ
将来の名優も来店
小田急線参宮橋駅は東京都心にありながら、東口には明治神宮の杜が広がり、西口は閑静な住宅街へと続く。この駅近くに1953(昭和28)年から店を構えるが『そば処 代々木屋』である。創業から2年後に現在地に移転し、1986(昭和61)年に現店舗に建て替えた。
初代・竹内明二郎さんは、戦前から製麺業を営み、終戦後2年を経てフィリピンから復員、製麺業を再開した。その後、良い商売だと聞き、そば店を開店した。2代目の現店主・竹内功さんは「店の味は、当時の職人達が作り上げたものです。しかし、父は仕事熱心で、味覚のセンスが良かったと思います」と話す。坂の多い場所だが、明二郎さんは、自転車で出前もこなしていた。功さんは高校卒業後、洋食店で2年間修業した後、店に戻った。現在は3代目の若主人・竹内正雄さんが入り、親子2代で営業する。
正雄さんは、調理専門学校卒業後、和食店で7年修行を積み、その際に手打ちそばの技術を身につけた。現在ではそれを活かし、機械製麺とは別に手打ちそばを提供している。料理の盛り付けなどにも和食の修行の成果が活かされている。
『そば処 代々木屋』を代表する名物商品が「天カツ丼」だ。「カツ丼」と「天とじ丼」の両方が味わえるそば店ならではの商品である。「丼物のつゆは昔ながらの少し濃いめの味で、トンカツには洋食の修行が役立っています」と功さんが話す通り、ただ単に2つの商品を組み合わせただけではなく、全てが本格的な味わいなのだ。現店舗の新築前は中華そばなども提供していたが、現在は基本的なそば・うどん・ご飯物にメニューを絞っているが、夕方5時以降は酒肴の品々も提供する。
「天カツ丼」をはじめ『そば処 代々木屋』の味を糧に芝居の稽古に励んだのが1956(昭和40)年に代々木に稽古場を設けた「劇団四季」の面々だ。創設者の浅利慶太氏や後に名優となる市村正親氏、鹿賀丈史氏なども来店していた。
多くの名優も舌鼓を打った『そば処 代々木屋』の味は、親子3代で受け継がれてきた。それは決して敷居の高いものではなく、いつも身近にある町のそば店の安心できる味でもある。