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「裁ちそば」に魅せられ、そばの世界にハマる― そばは40歳を越えるまで食べたことがなかったとか…。 板倉 私は関西出身で、東京の有名なそば屋でうどんを注文するような人間だったんです。子どものころから、そばは食べたことがありませんでした。 ― それが今や段位を持つほどのそば打ち名人。きっかけは? 板倉 福島の湯ノ花温泉にある「紅葉館」という小さな民宿でごちそうになったそばが、非常においしかった。これが私の人生に大きな影響を与えることになったのです。
― 具体的にどんなそばだったのですか。 板倉 いわゆる「裁ちそば」というもので、あの辺り一帯で残っているハレの日のそばです。打ち方が独特で、湯ごねしたそば玉を野球ボール大に分け、50センチほどの円形に延ばして5、6枚重ね、菜切り包丁の先で親指を駒板代わりに切っていく。 ― 和服の生地を裁つところから名付けられたのですよね。 板倉 そうです。1.5ミリくらいの細くてきれいなそばに切るのですが、これは大変な技術だと思います。とても風味があって、それまでそばを食べかなった私がお代わりしたほどです。その後、そば屋めぐりをしても同じようにおいしいと思うそばに出会えなくて、それじゃ、自分で打つしかない、と始めたのです。 ― 好みは田舎風ですか。それとも、さらしな系? 板倉 今は田舎そばにハマっています。色は濃いけど、えぐみのないもの。甘皮をどれだけ挽き込むか、どれくらいの粒にして入れるか、それが大事なんです。私はドイツ製の粉挽機で、玄ソバを粗挽きして7割くらいの歩留まり。3割は捨てています。 ― 粉挽機までお持ちとは。 板倉 安いやつですよ。石臼もありますが、こちらはあまりにも生産性が悪くて……。 信州ならではの伝統そばを残したい― 信州はそば切り発祥の地といわれていますが、「これぞ信州」という伝統的な食べ方はありますか。 板倉 醤油もかつお節もない時代には、信州味噌を湯で溶いて食べていたそうです。それではどうもパンチがないからか、辛味大根を入れるようになった。 ― 「おしぼりそば」ですね。 板倉 はい。今でも残っていますが、江戸で流行ったといわれています。「とうじそば」という温かいそばもあります。昔は長野県内で広く食べられていましたが、今は奈川など特定の場所に行かないと食べられません。 ― 「煮かけそば」とも言いますね。 板倉 ちょっと違います。煮かけは、ゆでたそばに野菜やキノコを煮込んだ汁をかけて食べるものですが、とうじそばは、水切りしたそばをトウジカゴと呼ばれる特別なカゴに入れ、汁の中で温めてから食べます。「しゃぶしゃぶそば」と言って出す店もあります。自生の鬼ぐるみを使った「くるみそば」も好きです。すごく味が濃いのですが、辛汁と合わせると実にまろやかな味になる。ただ、これはそばの味がわからなくなってしまうという欠点がありましてね(笑)。 ― 最近のそば屋は東京で修業されている方が多い。それじゃつまらないと思うのですが。 板倉 確かにそうですが、そば粉は日本中に流通していますし、めんそのもので差別化するのは難しい。例えば、北安曇の小谷村では、今でも辛汁に味噌を加えたつゆにつける食べ方が残っています。そういう伝統は決して恥ずかしものではありませんから、東京の真似ばかりしないで「信州らしさ」を残してほしいですね。
信州ブランドの新食材も続々誕生― この機会に、長野の郷土食をぜひPRしてください。 板倉 旅行の楽しみはやはり食。長野は海がないので観光的にハンデがあります。そばを食べに信州に来てもらえるほどの名物料理があればいいのですが。一つ、オヤマボクチ(雄山火口)といって、ヤマゴボウの葉の繊維をつなぎに使って打つそばがあります。「富倉そば」の名で知られる伝統的なそばですが、これを「名水ぼくちそば」と名付け、信州の新しい郷土食としてPRしていきたいと考えています。 ― 新潟の「へぎそば」みたいに? 板倉 そうです。手間はかかりますが、十割そばのような香り、独特の歯触りと喉ごしがある味わい深いそばです。最近は、信州ブランドの食材にも力を入れていて、肉は「信州黄金シャモ」、魚は「信州サーモン」を売り出し中です。 ― ほお、信州サーモン? 板倉 アメリカ原産のニジマスとヨーロッパ原産のブラウントラウトを交配、県水産試験場が10年かけて開発した新品種です。これが大成功で、東京の一流レストランでも使ってもらっています。今年は観光ガイド『ZAGAT長野版』も出版されましたから、全国のみなさんに「信州の味」を楽しんでいただけるよう、頑張っていきたいと思います。
(09年4月14日 「都道府県会館 長野県東京事務所」にて収録 撮影: 幡野好正 |
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