そばの散歩道


第28回 村松 友視さん

料理も、酒も、女もこだわりがないんです

第28回 
村松 友視さん
(作家)

村松 友視(むらまつ ともみ)
慶應義塾大学卒業後、中央公論社入社。『小説中央公論』『婦人公論』『海』編集部勤務を経て、作家へ転身。祖父は作家の村松梢風。少年時代から熱狂的なプロレスファンで、1980年に発表したエッセイ『私、プロレスの味方です』はベストセラーに。1986年には「ザ・サントリー オールドウイスキー」のCMにも出演。ウイスキーの目分量を指の本数で表現した「ワンフィンガー、ツーフィンガー」が流行語となる。1982年『時代屋の女房』で第87回直木賞受賞。1997年『鎌倉のおばさん』で泉鏡花文学賞受賞。その他、『アブサン物語』『淳之介流』『幸田文のマッチ箱』『文士の酒 編集者の酒』など著書多数。

うまい店を探すより偶然の出会いが好き

― そばはお好きですか。

村松 好きですけど、うまいそばを探求するタイプではないですね。食通といわれる人と知り合いになって、連れて行ってもらえばいいやと思う。酒もそうだし、何でもそう。何をどう食べるか、どう味わうかより、誰と飲むか、誰と食べるか。こちらの方が大切なんです。

― 食べ物の好き嫌いは、親の影響が大きいと思います。

村松 僕の場合は仕事ですね。物書きになってから、思いもかけない仕事を引き受けることが多く、偶然出会った店とすごく折り合いがついたり、なじみになったり。味というより、食べる物腰が基盤になっています。だから、「あそこの味はどうもなあ」と思っても、店のおばちゃんと気が合うと、「あの味がいいんだよ」ってなっちゃうんです。

― 僕は宮城県出身だから、しょっぱい味が好きですね。

村松 そこも軽薄で、どうでもいい。強いて挙げれば、子どものころ、清水港(静岡県)の近くで祖母と暮らしていた時に食べた味が原点ですね。食卓に上るメニューといえば、カツオの煮付けや焼き魚、刺し身ばかり。隣の家のライスカレーがうらやましくて。当時は、「中落ち」なんて言葉は清水あたりにはなくて、魚屋がタダでくれていた。「あのうちは、魚の骨も食べてるんだよ」なんて言われて、すごく恥ずかしかった。でも考えてみると、祖母と一緒に食べていた何でもない魚や、久能の浜で捕れたシラスとか、今じゃ、なかなか食べられません。

唯一つくる料理はカツオの角煮

第28回 村松 友視さん

― 子どものころに、最高の贅沢をしていたわけですね。

村松 静岡にはカツオの角煮というのがあって、祖母がよくつくっていました。味付けは、醤油と酒とショウガだけ。今でも静岡で売っている店があるけど、どこも甘いんですよね。だから、カツオの角煮だけは自分でつくる。表面が焦げ茶色で、中を割るとピンク色という煮方。砂糖は使いません。二、三日して、味がしみ込むとまたうまい。

― 好き嫌いはないんですか。

村松 まるでありません。好き嫌いがないことがコンプレックスなんです。例えば、魚でも、光り物がダメだとか、牡蠣が苦手だとかがあれば、「これはダメなんだ」と、逆に好きなものが際立ってくるじゃないですか。嫌いなものの反対に好きなものがある。それが、何でもいいとなると、便利だけど雑な感じがしてね。

― お酒はいかがですか。

村松 昔はラムとか、強い酒に凝っていましたが、だんだんしんどくなってきた。最近は、日本酒党です。清水になじみの酒屋があって、家にいる時は、そこで注文した酒を一人で飲みます。「松の司」とか「義侠」とか「東一」とか。店に行った場合は、銘柄など、全然こだわりません。

― お店にある銘柄は、だいたい決まっているでしょう?

村松 最近は、いろんな銘柄をそろえている店が多いですよ。ワインのように、最初はブルゴーニュから始めて…… という飲み方なんでしょうけど、昔の人は、その土地の酒だけを飲んでいたわけだから、店には、この店みたいにうまい酒が一種類あればいいと思います。

編集者時代はかなり不良だった

― 編集者のころは、相当飲まれたのでは?

村松 はい、すごく飲んでいました。しかも安酒でしょ。昔の編集者は無頼だったんですよ。それが作家を調教していたわけです(笑)。今はすっかりサラリーマン化しているから、仕事でも飲まないし、仕事以外でも付き合いがなくなってしまった。昔はすごかったですね。飲んでタクシーで帰る時、空の色が東山魁夷くらいの青ならいいけど、平山郁夫になったらヤバイな。明るくなりすぎたって。とにかく街から帰ろうかという気持ちにならないんですね。

第28回 村松 友視さん

― 休肝日はないんですか。

村松 1年くらい前までは、「この前酒を飲まなかったのはいつですか」と聞かれると、「7年くらい前かな」と答えていました。さすがに最近は、定期的に検査を受けるようにしていますが、特に問題なし。でも、健康のために一週間に1日くらい休肝日をつくった方がいいとすすめられて、やってみたら、簡単にできちゃった。かみさんが隣でワインを飲んでいても、全然苦にならない。これができるってことは、自分は死ぬほど酒が好きなタイプじゃないんですね。となると、あらゆることに対して、食に対しても、女に対しても、死ぬほどこだわりを持たないタイプってなると、こりゃまたちょっとわびしいかな。

― お酒を飲みながら原稿は書けますか。

村松 書けませんね。野坂昭如さんも、いかにも飲んで書いているように見えますが、飲むと書けない。武田泰淳さんは飲まないと書けないタイプでしたね。「飲まないで書くなんて恥ずかしい」なんて言われてましたね。

― 村松さんは、基本がまじめなんですね。

村松 それもまた、作家として不愉快なんですよね。基本がまじめ、死ぬほどのこだわりがない。作家らしくなくてすごくイヤなんだけど、正直に自分を見ていくと、そういうところがありそうです

( 08年5月7日四谷・荒木町「たまる」にて収録)撮影/幡野好正




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