そばの散歩道


第26回 小泉 武夫さん

酒も肴も、くさいものもやっぱり日本の味がいいね

第26回 
小泉 武夫さん
(東京農業大学教授)

小泉 武夫(こいずみ たけお)
食の冒険家、農学博士。福島県の造り酒屋に生まれる。醸造学、発酵学の第一人者として教壇に立つ傍ら、学術調査を兼ねて世界の辺境の地を精力的に訪ねる。また作家、エッセイストとして執筆活動にも力を注ぎ、新聞、雑誌の連載コラムを持つ。これまでの著書は90冊以上。『不味い!』(新潮社)、『くさいはうまい』(毎日新聞社)、『冒険する舌』(集英社インターナショナル)をはじめ、多くの作品が話題を集める。来年迎える定年を機に、本格的に作家活動に入る予定。

酒を食べながら
小学校へ通ってた

― 先生はいつ頃からお酒を飲み始めたのですか。

小泉 酒を食べ始めたのは小学校2年の時でしたね。ある日、先生が「おまえ、酒臭い」って。うちは造り酒屋で、時々、蔵の中を通って学校へ行ってたの。その方が近いから。その蔵に酒粕がいっぱい置いてあって、それをポケットに入れて食べながら学校へ行ってたわけ。江戸時代、酒粕は「手握り酒」って言ってたんだよ。手に持つことのできる酒だ。

― 江戸時代のいつ頃のことですか。

小泉 江戸の中期から末期。酒屋の入り口に「手握り酒あります」なんて書いてある。江戸っていうのは粋ですなあ。例えばね、そば屋のおしながきに、「竹虎」というメニューがあるの。どんな料理だかわかる?鉄格子みたいな網に厚揚げを載せて焼いてひっくり返すと、焼き色が付くでしょ。それが虎。そこへ青ネギのみじん切りをバーっと載せる。竹の中に潜む虎だね。だから、そば屋も居酒屋も、メニューに「厚揚げ」なんて書いちゃダメ。「竹虎あります」じゃないと(笑)。

― いいですね。今はどのくらいお飲みになるんですか。

小泉 腰を落ち着けて飲めば5〜6合くらいかな。たいていお燗。辛口を飲む時の杯は薄いやつ。甘口はぼってりしたぐい飲みがいいね。

― お好きな肴は。

小泉 だいたい白身の魚だね。江戸時代は、白身の魚を食うときは醤油を使わなかったんだよ。

― 塩じゃないですよね。

小泉 違う、煎り酒ですよ。スタンダードなつくり方は、まず、土鍋に日本酒と梅干し、鰹節を入れて、一升の酒が5合になるまで焚く。これを1回漉して、さらに火を通して4合まで濃縮させる。そこへ焼き塩を入れて塩梅を見る。そうすると、きれいな琥珀色の煎り酒になるわけ。これにおろしショウガとわさびを入れ、白身の魚をピタッとつけてね、ピュルルルって食べるの。最高だね。

ヤギの血は臭かった。
でもうまい!

― ところで、嫌いな食べ物はあるんですか。

小泉 生産農家に悪いから言いたくないけど、実はピーマンは苦手だね。

第26回 小泉 武夫さん

― 独特の香りが強いですからね。僕は好きですけどね。

小泉 そう。食えないわけじゃないけど、自ら食べようという気持ちにはならないですね。あとはなんでも食べちゃうよ。最近、ある番組で「さすがに小泉先生だ」と言われたのが、「ヤギの睾丸」と「ヤギの血」。沖縄では「ピージャーチーイリチー」と言って、ピージャーはヤギの肉。チーイリチーは血を入れた炒めものという意味。ヤギの血を入れたら、臭いなんてもんじゃないんですよ。この料理を、ヤギ1頭使って、海岸でつくって食べたわけです。ヤギの睾丸は、そんなに臭くなかったけど、さずがにヤギの血はすごかった。でも、大好き。「くさいはうまい」って世界ですね。

― 麺類はどうですか。

小泉 それは今もあまり変わりません。でも、少し減ったかな(笑)。食事の量は当時の三分の一以下になりましたし、ものを食べても以前ほどおいしいと感じなくなった。一つは体質の変化、もう一つは食材の質の低下が原因でしょう。

― その他に、おいしかったものはありますか。

小泉 何でも食べるけど、イタリアの麺はあまり食べない。汁気がないからね。好きなのは江別製粉の麺だね。今、大変な人気ですよ。そばは、北海道の新得と清水がいいね。去年、取材で北海道のそばロードを巡ったんだけど、釧路にある竹老園のカシワ抜きは好きだね。鶏そばもうまい。同じ釧路にある玉川庵という牡蠣そばの名店もいい。特大の牡蠣が10個以上も入ってて、1年中おいしいの。

― 北海道のそばが一番ですか。

小泉 いやいや、岩手の二戸もうまかった。駅の裏に、おばちゃんたちがそば研究会をやっていて、そのそばがうまい。それから天童がうまかった。あとはやっぱり、会津かな。

最後の晩餐は
最低1ヵ月欲しいね

― 先生のごきょうだいも食べ物に関心が高いんですか。

小泉 いや、私だけが突然変異。ただオヤジが稀代のグルメでね。私が小学校の頃、近江からフナ鮓、大島からくさやを取り寄せて食わせてくれた。うまかったな。もう一つ、杜氏が酒造りを終えて帰るとき、来年用の味噌を仕込んでいくわけ。それを見計らって、オヤジが日高から昆布を取り寄せ、味噌の桶に昆布を50〜60本挿して漬けておくんだな。それが1年後、軟らかくて、きれいなべっ甲色になる。そうしたら、味噌も昆布も役者がいいね。昆布は味噌のうまみを吸う。味噌は昆布のうま味を引き出す。両方うまくなっちゃうんだよ。これを「硬板(乾板)の味噌漬け」って言ってた。みじん切りにして、炊きたてのご飯にかけると、それだけで何膳も飯が食べられた。

― いやあ、うまそうですね。

小泉 なんといったって、日本の食べ物ですよ。よく、「死ぬ間際に食べたいものは?」という質問を受けるけど、最後の晩餐は、少なくとも1ヵ月は欲しいね。身欠きニシンは外せないし、くさやも、焼き納豆丼も食べたい。もう、いくらでもあるよ。だから、最後の晩餐は本当にくたびれるね(笑)。

( 08年3月27日四谷の「天ぷら 若水」にて収録)撮影/ STUDIO MAX 高橋昌嗣




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