そばの散歩道


第25回 佐藤 陽子さん

楽しい会話もまたご馳走です

第25回 
佐藤 陽子さん
(バイオリニスト・声楽家)

佐藤 陽子(さとう ようこ)
バイオリニスト。声楽家。1949(昭和24)年福島県生まれ。3歳からバイオリンを習い、58年来日中の旧ソ連のL・コーガンに認められ、59年からソ連の給費留学生としてモスクワ音楽院付属学校に進学してコーガンに師事。62年K・コンドラシン指揮でデビュー。71年モスクワ音楽院を首席卒業後、フランスに留学して72年からJ・シゲティに師事。声楽はマリア・カラスに師事し、ソプラノ歌手としてG・ディ・ステファーノらと共演。76年帰国、演奏活動と共にエッセイ執筆や歌手としての活動も続ける。79年画家の池田満寿夫と共同の事務所を設立、彼が亡くなるまで生活を共にした。2008年2月、新国立劇場オペラシティでデビュー50周年コンサートを開催、喝采を浴びる。

多くの人との出会いで
味も学ぶ

― 2006年4月号から二年間、本誌連載「美味親愛」にご執筆いただき、誠にありがとうございました。読者の方々の評判もよく、ぜひインタビューをお願いしたいと思っていたのです。

佐藤 私と親しい著名人達となると、どうしても同年齢か年上の方々になってしまうのと、編集室からの注文が「食べ物とお酒をテーマに」ということだったので、思い出すのに苦労した人もいました(笑)。亡くなられた方々も多いし、人選にも悩みました。麺のことにも触れたいと思い、欲張って書きました。楽しかったです。

― いろんな料理を世界中で食べてこられたのでは?

佐藤 世界中というのは語弊があります(笑)。共に暮らした池田満寿夫は、仕事での冒険は好きでしたが、実生活での冒険はしたくない人でした。一緒に暮らしていた時、安全だからと言ってアフリカに誘いましたが、ダメなんです。好奇心はあっても冒険心はなかった。

― 印象に残っている食べ物は?

佐藤 一度だけ食べたもので、稚内へ公演に行った時にいただいた生きたタコと、その日の朝、子牛を生んだ母牛から最初に搾った牛乳。土地の人も滅多に口にできないという、いわゆる免疫ミルク。チーズと豆腐が一緒になったような、濃厚なのにしつこくない味。さらっとしているのにコクがある。量は少なかったですが、少量というのも美味の条件になるかも知れません。

海外留学中は
何でもよく食べました

― 海外での食体験がもっと話題に上るかと思いましたが。

佐藤 外国でのおいしい料理は、レストランの味だった場合が多かったですね。海外では自炊生活でしたから、ごく普通のスーパーで素晴らしい肉に出合った時のことが忘れられない。料理したらとびきりと言っていいほどおいしかった。またパリの市場で、小さなフグに似た魚の一夜干しみたいなのを買い、さっと炙って食べたら、おいしい。後で辞書で調べたらアンコウでした。

第25回 佐藤 陽子さん

― 演奏家は力仕事だからよく食べられるのでは?

佐藤 そう、よく食べますね。日本ではカズノコは高級品ですが、当時オランダなどではカズノコを捨てていて、現地ではいくらでも入手できた。それをふんだんに使ってスパゲティをつくったり。若かったから食欲旺盛で(笑)、馬肉を2キロほど買い、一度に500グラムも食べてしまったり(笑)

― お酒も以前はかなり飲まれたのでしょう。

佐藤 それは今もあまり変わりません。でも、少し減ったかな(笑)。食事の量は当時の三分の一以下になりましたし、ものを食べても以前ほどおいしいと感じなくなった。一つは体質の変化、もう一つは食材の質の低下が原因でしょう。

― その他に、おいしかったものはありますか。

佐藤 母羊の乳だけで育った子羊を半分に切ってもらい、ほとんど塩と胡椒だけで味付けをしてオーブンで二時間ほど焼いたもの。大きいので苦労したけどおいしかった。普通は、回しながら一頭分を焼き上げるのに七時間ぐらいかかるとか。ブルガリアでは胎内の子豚をいただきましたが、これもおいしかった。スペインや中国でも食べますが、肉はブルガリアの子豚が一番。その後、ずいぶん探しましたが、残念ながら出合えませんでした。

食べてくれる人がいてこそ
料理は楽しい

― ご自分でも結構、料理をされますか。

佐藤 最初はロシア料理、それから西欧料理、和食では煮物などをよくつくりました。中華はあまりつくりませんでしたが、自分で食べたものと似たようなものをつくったり、だしをしっかり取ってつくったりするような料理になってきました。特にスープは得意でした。

佐藤 満寿夫が亡くなってからはあまり料理をしなくなりました。彼は中国の張家口生まれで、中華の家庭料理が上手でした。後に彼と共に現地で食事をして、まさに満寿夫のつくるのと同じ味だと思いました。もし彼がいなくなったら、ここへ来ればいいのかしらと思ったら涙がぽろぽろ出て……。

― 満寿夫さんはどんな料理が得意でしたか。

佐藤 簡素な料理が好きで、いろんな材料を一緒に入れてつくる料理は嫌いでした。馬鈴薯でもキャベツでも玉ネギでも、一種類だけを使う。ですから五目野菜煮などは彼には下品なものだったようです(笑)。素材の純なおいしさが好きでした。それを塩か醤油、味噌で仕上げる。味噌は豆板醤のような辛味噌を使っていました。

― 食べ物にはお酒がつきものですが。

佐藤 おいしいお酒があれば、他には何もいらない。最高のワインなら最高のチーズがなくてもいい。お酒だけ味わっていろんなことを考えるのも楽しい。やはり最高なのは、いい友達とわいわい言いながらいただく食事です。さほどの料理でなくてもおいしいお酒があれば、それで十分。楽しい会話もご馳走のうちだと思います。一人で味わうなら最高のワインをちびちびと飲む。時には詩を読みながら、いい音楽を聴きながら……。でも、音楽が職業なので、特にバイオリンの曲はあれこれ考えて落ち着きません。どうしても勉強になってしまうので(笑)

エッセイに登場した人達
草笛光子、杉本苑子、宮下順子、*太地喜和子、*羽田健太郎、*山本直純、*M・カラス、*I・スターン、七代目尾上菊五郎、*P・モーリア、*中村真一郎、*M・ロストロポーヴィッチ、滝田栄、*A・ハチャトゥリャン、*L・コーガン、*J・シゲティ、*岡本太郎、野坂昭如、*池田満寿夫、藤村志保、*D・ショスターコヴィッチ、*木原光知子、小山内美江子、*澁澤龍彦。
*は故人

(‘08年2月8日、酒めん肴」編集室にて収録)
撮影/STUDIO MAX 高橋昌嗣




カテゴリトップへ戻る   そばの散歩道トップへ戻る

copyright(c)1998-2010(社)日本麺類業団体連合会/全国麺類生活衛生同業組合連合会