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第14回 神田山陽さん(講談師)

「縄でも手繰るかい?」と先輩に誘われて。

第14回
神田山陽さん(講談師)

神田山陽(かんだ さんよう)
1966(昭和41)年北海道出身。本名・稲荷啓之。高校卒業後さまざまなアルバイトを経て、'90年二代目神田山陽に入門し「神田北陽」を名乗る。'98年国立演芸場花形演芸会銀賞受賞。2000年師匠二代目山陽死去で同門の神田松鯉門下に。'02年真打ちとなり三代目神田山陽を襲名。同年文化庁芸術祭演芸部門新人賞受賞。落語芸術協会会員。落語家デキシーバンド「にゅうおいらんず」のドラムス担当。

子ども時代から
そばが好き

― いつごろから、そば好きになられましたか。

神田 物心ついたころから好きでした。乾めんも北海道はおいしい。よく食べました。ついでにお酒も、子どものころ、水と間違えて飲んでから、素直に? 好きになりました。

― 食べ歩きをされているようですが。

神田 いえ。芸人は手銭じゃ食べに行かないから(笑)。ごちそうになるのは得意ですが。昔、デビューするずっと前、宇高連絡船で四国へ渡って、高松でセルフのうどんを食べ、感激したのを覚えています。

― 宇高連絡船のうどん屋が、70年の万博で大阪に出店し、讃岐うどんが広まったんです。

神田 宇高連絡船のうどん屋は甲板でやっていて、寒風吹く中でガマンして食べるのがうまい(笑)。

― どんなお店で主に食べますか。

神田 ラーメンは行く店を決めています。その時の体調によって、同じラーメンなのに味が違う。だから、体調を知るバロメーターになる。ほかの店で食べると浮気をしたような気になる(笑)。例えば札幌では、放送局近くの味噌ラーメン専門の店に行くことにしています。

― お好きなおそばはありますか。

神田 岐阜県関市のお店で、そばがきのてんぷらを肴に酒を飲んだらうまかった。前座になった時、先輩に「縄でも手繰るかい(そばでも食べるかい)?」と誘われた。この誘いは、先輩に認められたということでもあるんです。うれしかったですね。

― そば屋でお酒を飲む時のつまみは何ですか。

神田 あまりおいしいつまみだと酒の味が分からなくなる。正月に酒の飲み比べをしましたが、癖のある酒が好き。水のようにさらっとしているのは物足りないです。吟醸より普通の酒がいい。

イタリアへ
武者修行の旅

第14回 神田山陽さん(講談師)

― 講談は、私も子どものころ、よく聴きました。

神田 講談好きというと、変わり者だと言われませんか(笑)。講談は、表情に頼らず、音だけで演じるので、ラジオには適した芸です。浪曲にはかなわないけど。TV全盛になってだいぶ変わりましたが。

― 最初の師匠、二代目の神田山陽さんの一門は、女性の方が多いですね。

神田 そうですね。彼は話し方教室を主宰していて、演劇をやっていた女性がそれを聴講し、講談師を志した。だから、神田一門の女性は、役者出身者が多い。女性の講談師を育てたのは彼の功績です。

― イタリアに行かれたのは、どうしてですか。

神田 文化庁からの派遣です。あちらにはナラットーレという、語りの芸人がいることを事前に調べ、講談師に近い彼らの芸を見たいと思って。行き先は自分で選びました。最高齢八一歳の芸人が、中世の物語に合わせて現代風刺をする。一人芝居ではなく、あくまで語り。細かいデータを織り交ぜて展開するわけです。江戸時代の講談師がジャーナリストといわれたように、講釈本来の姿を見ました。

― 日本の講談を披露されましたか。

神田 イタリア語の通訳もついて、事前にこれはこういう話だと前置きして話しました。那須与一の話を、身振り手振りを交えて。また、イタリアでも、アニメでルパン三世なんかをやっていて、石川五右衛門の名前はよく知られています。そこで、石川五右衛門を現代のイタリアによみがえらせたホラ話やネズミ小僧などをやりました。着物とおもちゃの刀を持参して、皆の前で着替えをしたらすごく受けました(笑)。

― あちらの芸人さんは、山陽さんをどう受け止めたんでしょうか。

神田 イタリア語のプロフィルを持って行ったんですが、彼らに「今一番こちらで流行っている日本語のカミカゼ(テロリスト)の本来の意味を講談で話してみたら」と言われました。ちゃんと講談師をジャーナリストとしてとらえている。イタリア人はいい加減なところと鋭いところがある。

月のうち10日
北海道で過ごす

― イタリアのパスタはいかがでしたか。

神田 各地にいろんな形のパスタがある。チョウの形をしたものとか。そのパスタのゆで加減も、水が石灰質のせいか、ぼくでも、コシのある状態でゆで上げることができた。それに、トマトソースが最高。酸っぱいイタリアのトマトの完熟直前のものを使っている。

― イタリアに行かれて、芸人さんたちから学んだことは?

神田 独自の言葉を勝手につくって、面白おかしく話す芸人さんたちがいました。彼らは、TVが一番だと思っていない。出身地の田舎を誇りに思って活動している。

― 日本のように首都圏集中型ではない?

神田 その芸人さんたちに、家に食べに来いと誘われた時、彼らの田舎にまで連れて行かれた(笑)。地産地消の田舎で、「ここが最高だ」と言う。彼らの一人が日本に来た時、「行きたい所は?」と尋ねたら、「あなたの田舎」と言われた。そこで、北海道に連れて行った。それから、自分も故郷を考えるようになったんです。

― 北海道の大空町の住民になられたとか。

神田 仕事は東京が中心ですが、月のうち10日は北海道で過ごします。イタリア人が出身地に誇りを持って活動しているのに影響されました。イタリア人に倣って、地に足を着けた生活をしたいと。

(‘07年3月17日、東京上野鶯谷「公望荘」でインタビュー TEL 03-3822-2288)
撮影/ 岡本明洋(フリーセクション)




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