そばの散歩道トップページへ
読んだそばから…


第10回 落語『そうめん喰い』より “そうめん”


イラスト

粗忽(そこつ)者、小言屋、ケチといった、ひと癖もふた癖もある落語界の住人の中に「知ったかぶり」というパターンの人間がいる。モノを知らない点では、無知の代名詞であるヨタローと共通だが、彼とちがって愛敬がない。知らないなら黙っていればよいものを、出任せを言うから騒動が起こってしまう。

大食漢で知ったかぶりの八公にひと泡ふかせようと、大和名物の長そうめんを切らずにゆでて出す。そんなことはちっとも知らない八公は「そうめんの食い方はな、そうめんが二尺ぐらいなら、つゆは五寸五分。一尺五寸なら三寸五分だ」などと能書きをならべながら食べだしたが、そうめんがあまりにも長いので、手をいっぱいに突き上げても間に合わない。立ち上がってもまだ足りず、とうとう梯子(はしご)を登って二階に上がってしまう。
「八っつあん、そんなに長いときは、つゆは何寸だい?」
「うーん……、刷毛(はけ)でなすってくんねえ」

そうめんは小麦粉を食塩水でこねてから油を塗りながら手で細く長く延ばしてつくる手延べめんで、麺棒を使って薄く打ち延ばし、包丁で細く切る切り麦(ひやむぎ、うどん)とは、本来、製法がちがう。その製法からいって、当初は短く切らない長そうめんの形が多かった。

現在のような切りそうめんが登場したのは江戸時代に入ってからのようで、六寸(約二〇センチ)の長さに切りそろえて印紙で上中下(うえなかした)を巻き止め、化粧箱に入れた、極上のものは御膳そうめんと称した。だが、切りそうめんの時代になってからも、製造の手間のかからない長そうめんは庶民の食べ物として親しまれていた。江戸初期から中期にかけて刊行された『狂斎図譜』に、腕を伸ばして箸を高くかかげたり、腕にそうめんをからませたりと、長そうめんを食べている様子をおかしく誇張して描いている絵がある。八公の食べ方は、案外、作法にかなっていたのかも……。


 

読んだそばから…メニューへ 読んだそばから…メニューへ トップページへ トップページへ

お問い合わせはこちら お問い合わせはこちら
copyright(c)1998-2007(社)日本麺類業団体連合会/全国麺類生活衛生同業組合連合会