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読んだそばから…


第2回 夏目漱石 『吾輩は猫である』より“そば通”

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なにごとによらず通人ぶる人は必ずいるものだ。昨今のグルメ・ブームを反映してか、食べ物に関してのウンチクをまくしたてる輩が増えている。

いつの世にも能書きを垂れる者はいるようで、明治時代に書かれた日本を代表するこの作品にも登場している。主人公である猫くんの主人・苦沙弥氏の友人、迷亭先生がその人だ。

苦沙弥氏宅に上がり込んだ迷亭先生の目の前に、みずから注文した出前のざるそばが運ばれてきた。『「打ち立てはありがたいな。蕎麦の延びたのと、人間の間が抜けたのは由来頼母(たのも)しくないもんだよ」と薬味をツユの中へ入れて無茶苦茶に掻き廻わす。「君そんなに山葵(わさび)を入れると辛(か)らいぜ」と主人は心配そうに注意した。

「蕎麦はツユと山葵で食うもんだあね。君は蕎麦が嫌いなんだろう」』という迷亭先生は、そばの食べ方を講義する。『「奥さん蕎麦を食うにも色々流儀がありますがね。初心の者に限って、むやみにツユを着けて、そうして口の内でくちゃくちゃ遣っていますね。あれじゃ蕎麦の味はないですよ。何でも、こう、一としゃくいに引っ掛けてね」』という実地を兼ねた講釈によると、そばはツユの三分の一つけて、ひと口に飲み込んでしまうもので、噛むとそばの味を損なう。『つるつると咽喉(のど)を滑り込むところがねうち』で、しかも、一枚のざるは三口半か四口で食うものなのだそうだ。

迷亭説の真偽はさておき、そばの食べ方にこれといった決まりはないが、こうしたほうがおいしいのでは、ということはある。そばを噛み砕くよりは、そののど越しの感触を楽しむほうが味わいがより増すだろうし、つけ汁をちょっとつけて食べるのは、どっぷりつけては辛くて食べられないほど、昔のつゆは辛かったからともいえる。全般に甘くなっている現在のつけ汁では、どっぷりつけた一見ヤボな食べ方のほうがおいしい場合もあるだろう。

端で見ていてヤボな食べ方をしているなと思える御仁も確かにいるが、聞こえよがしに通人ぶるのは、それこそヤボというものだ。この作品には、そうしたヤボへの風刺精神が流れている。

 

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