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三色そば

最近は、白いそば粉を使っていろいろな色をつけた変わりそばが珍しくなくなり、三月三日の雛祭りの日に、三色そば、または五色そばを品書きに載せるそば屋もある。

三色そばの場合は、赤(海老切りなど)、白(さらしなそば)、青(蓮切り、茶そばなど)の組み合わせ。五色そばは、これに黄(卵切りなど)、黒(ごま切りなど)を加える。

雛祭りとそばの縁は、江戸時代中期に溯る。いまのところ、文献で確認できるのは18世紀半ばすぎ頃からで、江戸では、節句の翌日の四日にそばを供えてから雛を仕舞う習慣があった。この習慣は、江戸が東京に変わった明治の半ば頃まで一部で続いたといわれる。

ただし、江戸の文献はそばを供えるとしているだけで、見た目にも鮮やかな変わりそばによる三色とか五色の盛り合わせが、いつ頃から使われるようになったのかはわからない。

一方、三色そば、五色そばという言葉が文献に登場するのは、雛そばよりもやや早く、寛延4年(1751)の『蕎麦全書』に紹介されている。しかも、ここでの三色そば、五色そばというのは、雛祭りとは何の関係もない。当時人気のあったそば屋の「売り文句」の例として記述されているだけである。

ちなみに、変わりそばで最も古いとされている卵切りが文献に出てくるのは、『蕎麦全書』と同時期の寛延3年。次の紅切りは天明7年(1787)で、海老切りは寛政12年(1800)まで待たねばならない。すると、寛延頃の三色、五色とはどんなそばだったのか。興味をそそられるが手掛かりはない。




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