そばの散歩道トップページへ
そばの史跡探訪
 

●東京都
『東京都・麺類杜氏職の墓』



麺類杜氏職の墓 かつて、そば打ちの渡り職人が存在した。腕自慢の彼らは、自負心も強く、そのために身を滅ぼす者もいた。渡り職人の宿命というべきか、哀れな末路をたどる者も少なくなかった。無縁仏のような彼らを供養するために建てられた墓が台東区谷中にあるという。手元の資料によれば、その墓は「長命寺」にあるそうだ。

谷中は寺町である。当たりをつけて行かないと寺は見つからないので、地図で調べた。が、資料に書かれてある谷中三丁目には「長命寺」は見当たらない。墓が建てられたのは明治二十四年。関東大震災か戦災のために、よそに引っ越したのだろうか。あるいは、資料の記述ミスか。悩むより行動が先と、腰を上げた。が、「谷中で墓を探す」ことを思うと気が重い。しかも、この炎天下に。雲をつかむような話だが、一応、心当たりをつけておいた。

谷中三丁目に接する五丁目に「長明寺」がある。一字違いだ。とりあえず、ここを当たってみよう。長明寺の境内に入った。愕然とした。それほど広い寺ではないが、墓石が無数に見える。これを一つ一つ当たっていくのか。もし、ここになかったら、谷中じゅうの墓を調べなければならないのか……。

路線を変更して、寺の人に聞くことにした。玄関のブザーを押すと、寺男とおぼしきおじいさんが出てきたので、「ここに麺類杜氏職の墓はありますか」とたずねた。「めん…るい…とうじ? わがんねえなあ」とそっけない。「じゃあ、この辺りに長命寺はありますか」と資料のコピーを見せた。「長い命の寺ねぇ。谷中にはないよ。向島だよ」ときっぱり。目の前が真っ白になった。と、そのとき、コピーに目を落としていたおじいさんは、「田中さんの墓ならあるよ。そば屋さんだ」と言い出した。“何を言い出すんだ、このじいさん”と一瞬ムッとしたが、「案内してください」。こうなったら、ワラをもつかむ思いだ。が、このおじいさんは立派な命綱だった。

田中家の墓地に『麺類杜氏職寄子中之墓』があった。文献には「杜氏」「杜子」の表記があるが、墓碑銘には「杜氏」が使われていた。杜氏は、現在では酒造り職人あるいはその長の名称として残っているが、麺類杜氏職とはそば打ち職人あるいはその職名を指した。

寄子は、そば職人のことで職人を斡旋する口入れ宿にかかえられていた。この墓は、宿の一つである「美男」の初代田中徳三郎が身寄りのない寄子の供養のために建てたもの。墓石が見つかった感謝の気持ちも込めて、合掌した。


 

  トップページへ トップページへ

お問い合わせはこちら お問い合わせはこちら
copyright(c)1998-2007(社)日本麺類業団体連合会/全国麺類生活衛生同業組合連合会