そばの散歩道トップページへ
そばの史跡探訪
 

●東京都
沢蔵司稲荷



沢蔵司稲荷 食べ物にまつわる伝説は多い。そばも例外ではなく。数々の言い伝えが各地に残っている。文京区小石川の伝通院近くにある「沢蔵司(たくぞうす)稲荷」(慈眼院)はその一つとして名高い。いくつかの資料を総合すると、こんなストーリーになる。

……伝通院の学寮に沢蔵司という修行僧がいた。わずか三年で浄土宗の奥義を極めてしまったという秀才だったが、彼は門前のそば屋に毎夜のごとく食べに来ていた。そして、沢蔵司は竹の皮に包んだそばを持って帰るのが日課でもあった。

だが、そば屋を出た彼の姿は煙のように消えて、どこへ行くのか分からなかった。不信に思ったそば屋の主人が彼のあとをつけてみたが、伝通院近くの薮の中で姿を見失った。しかし、翌日、そこに行くと、そばを包んだ竹の皮が捨ててあった。沢蔵司が来たときは、売上の中に必ず木の葉が入っていたこともあり、「さては沢蔵司とは仮の名で、千年以上も生きている白狐様、稲荷大明神にちがいない」と思った。

沢蔵司のほうは神通力をもっているので、主人が跡をつけてきたことはご存じで、その夜、学寮長の和尚の夢枕に立ち、「余は稲荷大明神である。かねて浄土宗の勉強をしたいと思っていたが、その希望をここで達した。元の神に前ページへが永く当山(伝通院)を守護して恩に報いよう」と告げた。そこで、伝通院の住職は沢蔵司稲荷という祠を建立して祀り、慈眼院を別当寺とした。そして、このそば屋は、それ以来、毎日「お初」のそばを稲荷に供え、いなりそばと称した。

……御社の脇道を下っていくと、おあなと称する霊窟があり、その洞穴に稲荷が祀られてある。さて、沢蔵司がかよったとされるそば店は、現在も伝通院前の春日通り四つ角、向かって右側に『稲荷蕎麦萬盛総本店』として残っている。

同店の主人・松村茂さんは「いまも毎日、お初の箱そばをお供えしています」と箱を見せてくれた。朱塗りの箱で、フタには「奉納 稲荷蕎麦」とある。店内にも、お稲荷様が祀ってあったのはいうまでもない。


 

  トップページへ トップページへ

お問い合わせはこちら お問い合わせはこちら
copyright(c)1998-2007(社)日本麺類業団体連合会/全国麺類生活衛生同業組合連合会