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そばの史跡探訪
 

●東京都
『東京都・石臼塚』



石臼塚 神田川を上っていくと中野に出る。中野蕎麦という言葉がある。中野も大正時代まではそば畑があったというが、産地としての名称ではない。そばの一大消費地・東京に向けて出荷された全国の玄そばは中野に集められた。これを中野の製粉業者が扱って東京中のそば店に供給したところから名付けられたのだ。

神田川は中野区と新宿区の区堺になっているが、淀橋と呼ばれるこの辺りにも、江戸時代から水車があり、そば粉を挽いていた。その歴史が、当地を製粉業者のメッカにしたと思われるが、その土地柄にふさわしい史跡が地元の寺にある。

宝仙寺の境内にある「石臼塚」がそれ。とはいうものの、塚の名前や由来を示す看板がなかったので、訪ねた当初はどれか分からなかった。臼の形をした石が将棋倒しの駒のようにいくつも重なっている山を見つけ、寺の清掃をしていたおじさんに「もしかしたらこれが石臼塚ですか」とたずねて確認した。名称だけでも分かるようにしてもらいたいものだ。




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