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お宝拝見


永井柳太郎の書
 ●所蔵/虎ノ門砂場(東京都港区)



永井柳太郎の書
 
歴史上の人物に愛されて
 
ビジネスマンでにぎわう虎ノ門。愛宕通りに面した一角に、大正時代を思わせる民家が建っている。年代ものの「生蕎麦」の看板、「砂場 大阪屋」と出ているのも、由緒ありそうだ。二階の座敷で、一杯やったあと、ざるそばでしめる。肴は玉子焼きか、天ぷらか。二階の座敷は一五人入れば満員という広さだが、床の間に掛け軸がかかっている。「欲興」と太く黒い字が縦に連なるが読めない。書いたのは永井柳太郎である。戦前の政党政治家。拓務大臣などをつとめたが、有名なのは雄弁家として、である。政治家の演説では必ず名前の出てくる人だが、『虎ノ門砂場』は国会が近かったせいもあって政治家がよく食べにきた。
店には飾っていないが、事務所には歴代実力者の色紙を所蔵している。鳩山一郎、田中角栄、福田赳夫らの元首相。昔は店に飾っていたときがあったが政治に敵味方はつきもの。反対派の人が食べにきて、「あの色紙をみるとそばがまずくなる」といわれたこともあるそうだ。
明治五年の創業。砂場は大阪城の砂置き場から発するが、東京・麹町の本店から分かれたのが虎ノ門と本石町。「大阪屋」は本店からもらった屋号だが、いまは『虎ノ門砂場』とよんでいる。四代目稲垣隆一さんから五代目隆俊さんに移り、のれんを守っている。
隆一さんが箱をあけて、三本の掛軸を広げてくれた。山岡鐡舟、高橋泥舟、勝海舟の三舟がそろっている。字は鐡舟がもっともがっしりしていて、海舟が繊細、泥舟は中間か。鐡舟はお店の前にあった寄席にきて、帰りにそばを食べて帰るのを常とした。先代から大事にしていた書で、隆一さんの小さいころ、上諏訪に疎開していたときも持ち歩いたという。「そのころ、雨にあたったりして、しみができました」。戦前から戦中、日比谷公園にあった海軍省には出前が入っていた。山本五十六元帥は愛好者の一人。歴史的な人物が、店の歴史を彩っている。



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