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そば切り包丁
 ●所蔵/美々卯本店(大阪府大阪市中央区)



そば切り包丁

 
名人にもらった蕎麦打ちの魂
 
うどんすきの『美々卯』は二百年前から続く店である。昔は堺で料理屋だったのが、現在の会長、薩摩夘一さんの父親の代に大阪に出てめん類店になった。今回登場のお宝は、『美々卯』の包丁である。
薩摩さんは昭和三十年代の始め、手打ちそばの修行をしていた。お店を切り盛りしながら、各地の名人を訪ねて教えを乞うていた。京都の『河道屋』にも通って教えてもらっていたが、その頃、大阪の麺業新聞の記者に「そばの勉強なら、足利の『一茶庵』に行くのがいいよ」とすすめられた。『一茶庵』の片倉康雄さんは「昭和の名人」といわれ、「蕎麦聖」とまで称せられていた。薩摩さんは店じまいのあと、足利まで通い始めた。月に一回、二回のこともあったが、新幹線のない時代、土曜の夜、夜行に乗り、夜行で帰ってくる強行スケジュールであった。訪ねていくと片倉さんは『美々卯』のことを知っており、門下生に入れてくれた。ただ何を教えるということはなく、傍らでじっと見て“盗む”のが修行であった。
三、四年通った頃、片倉さんが自分の手で作ったそば切り包丁を渡した。「よくがんばった」というごほうびであっただろう。この包丁は長さが三十センチくらい、普通のよりやや重い。外箱に昭和三四年八月二三日と日付があり、「為薩摩氏康翁」と刻んである。そば打ちが師匠から包丁をもらうのは魂を受け継ぐのと同じことだと考えた薩摩さんは、しばらく自分の店で使ったあと、白い布に包み、本店の仏壇に飾っている。
片倉さんは平成七年に九一歳で亡くなるが、全国に門下生が伝統を引き継いでいる。薩摩さんは「われ以外みな我が師」という。とりわけ片倉さんに教わった、「蕎麦を愛しなさい」の言葉は仏壇に向かうたびによみがえってくる。



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