《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

つるりと食べやすい
十割蕎麦


第八十五回 片山虎之介

信州・戸隠といえば、一本棒丸延しで打った二八蕎麦の里として知られている。二八蕎麦が郷土蕎麦であるこの地に、人気を集める十割蕎麦がある。

店の名は『蕎麦切茶房 戸隠日和』。戸隠の蕎麦博物館「とんくるりん」のとなりに立つ、新しい世代の店だ。

店主の山口茂さんが、時代の流れを見据えて、現代の女性客など、幅広い層にアピールする店作りを考えて運営している。

「十割蕎麦は、おかげさまで、時間がたつほどに広まって、今では店の看板メニューのひとつになっています」

山口さんは、戸隠の伝統的な蕎麦打ち技術、一本棒・丸延しの達人だ。その打ち方で、十割蕎麦も打つ。

「十割でつながって、風味の良い蕎麦粉を、製粉会社さんとも相談しながら、新たに開発しました。食感は、つるりと喉越しが良く、食べやすいものにしたかったのです。戸隠は、喉越しを大切にする土地ですので、戸隠に似合った十割蕎麦を、お客様に召し上がっていただきたかったのです」

若い世代に店を訪れてもらうように、様々な工夫をしている。甘味は娘さんが担当で、味も、見た目も魅力的なメニューを作っている。屋号も、ちょっと軽めで、気持ちの良い響きをもつ『蕎麦切茶房 戸隠日和』という名前にした。

店の中から、周囲の風景や、晴れた日には遠く、北アルプスまで望めるように、大きな窓がぐるりと取り囲む構造にした。

清潔に居心地よく店の雰囲気を維持するのは、あらためて言うまでもない。

その結果、忙しい時期には、来客をさばききれないほどの人気店になった。

 

 

十割蕎麦をいただいてみた。

細切りで、戸隠伝統の「ぼっち盛り」とは異なり、普通のざるそば風の盛り付けにしてある。口に運べば、ほのかに香りたち、癖の少ない、食べやすい蕎麦に仕上がっている。

食感は、まるで二八蕎麦を食べているかのように、滑らかに喉に滑り落ちる。

戸隠に通って、二八を食べ慣れている常連客にも、抵抗なく受け入れられる食味だ。喉越しつるりの十割蕎麦は、いってみれば、「十割蕎麦の風味を備えた二八蕎麦」というイメージかもしれない。

各地の蕎麦処や観光地で、蕎麦好きの客を増やしたいと、キャンペーンなどいろいろな取り組みが行われているが、成果をあげるのは難しい。

最も大切なことが、意外に忘れられていると、私は思う。

話は単純だ。来店客を増やすには、蕎麦をおいしくすれば良い。それが大原則だ。自分の店の蕎麦はうまいという自信は大切だが、どういう裏付けがあっての自信なのか。客は、うまいと思えば、また来店するし、人にも話したり、友達を誘って再訪する。

『蕎麦切茶房 戸隠日和』の成功は、この一点を確実に実行したことから訪れたものではないだろうか。


蕎麦切茶房 戸隠日和
長野県長野市戸隠2924
電話 026─254─2707

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