《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

できることを全力でやって
理想の店を作る


第八十二回 片山虎之介

『西新井 田奈加』の店頭には、商品見本を陳列したショーウィンドーがある。私は店に入る前、並べられた食品サンプルを一目見た瞬間、その場に足が釘付けになった。

セットもののメニューが多く、天丼やカツ丼などの見本と一緒に、蕎麦の見本が並べられているのだが、この蕎麦がすごい。店が出そうとしている蕎麦の特徴が、実に明確に表現されているのだ。


麺の曲がり具合で、コシの強すぎない、食べやすい蕎麦であることがわかる。やや太めの麺で、盛りも十分だ。長さは、箸で扱うのに、ちょうど良い程度にコントロールされている。色は白に近く、癖のない食味であることが想像できる。

蕎麦を知り尽くし、この店が迎えようとしている客の好みも深く理解した人でなければ、この食品サンプルは作れないだろう。蕎麦の商品見本を見ただけで、『西新井 田奈加』が並の店ではないことが推測できた。

 主人の田中啓之さんは、店の歴史を次のように語る。
「昭和53年、私が23歳のときに創業しました。この場所の周辺には、当時から大手の外食産業が、何軒もファミレスを出店していましたので、周囲の人たちからは反対されましたが、どうしても、こういう店を作りたかったのです」

田中さんが目指す店とは、この町に住んでいる人たちが、家族連れで、何度もリピーターとして訪れてくれる、地域に愛される蕎麦店だ。

もちろん、近所に何軒も立つファミレスや回転寿司店は、強力な競合相手だが、負けるつもりはなかった。
「できることを全力でやれば、お客様はわかってくださると思っていました。蕎麦は、いわゆる蕎麦通が好む蕎麦よりも、広い層の方々に喜んでいただける味にすることを目指しました。そして、お客さまが求めるのは何かを、絶えず考え、ご飯や肉、刺身を使ったメニューも開発しました。手間ひまをかけて、オリジナリティーのある商品を提供していく。この方針は、創業のときから現在まで、ずっとブレることはありませんでした」

食味の良さと、提供する速さを考え、木鉢は手捏ね、機械延し。手打ち麺機の包丁で切る。蕎麦粉は内層粉を多めにして、少々ホシが入るくらいの粗挽きの粉など、3種類をブレンドし、それを二八で打っている。季節や材料の状態で変化する要素の大きい香り、風味よりも、確実にコントロールできる食感を重視した蕎麦の作り方だ。

蕎麦つゆは、濃口醤油と淡口醤油を組み合わせて使うことで、味や色も店のコンセプトに相応しい状態に仕上げている。
「できることを全力でやれば、お客様はわかってくださる」という田中さんの信念は、店頭に展示されていた、あの食品サンプルの蕎麦の曲がり具合にまで反映されている。


西新井 田奈加
東京都足立区西新井7─4─6
電話 03─3854─5740

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