《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

県外からもファンが集まる
一陣の涼風のような蕎麦


第七十六回 片山虎之介

山形といえば割り箸のように太い板蕎麦が有名だが、山形の蕎麦は、それだけではない。ここ『手打 梅蕎麦』の人気メニューの板蕎麦は、茹で時間わずかに10秒という極細だ。食せばザラザラと粗い舌触りが、生粉打ちであることを教えてくれる。

蕎麦好きには良く知られた店で、休日には県外からこの蕎麦を求めて訪れる客が、地元客の数より多いほどだという。

『手打 梅蕎麦』は、江戸時代から続く山形の老舗蕎麦店だ。四代目当主、山川純司さんは、自身の打つ蕎麦について次のように語る。

「私どもの店で供する蕎麦はすべて、生粉打ちの細切りです。その理由は、私の目指す蕎麦は、さっぱりして、濃い蕎麦≠セからなのです」

さっぱりして、濃い蕎麦とは、不思議な言葉だ。普通、考えると、さっぱりした≠ニ組み合わせるのは、軽いとか薄いなどの言葉になりそうだが、山川さんの目指すのは、濃い°シ麦なのだ。

つまり濃い≠ニいうのは、味や香りが濃いというより、印象が「濃い」という意味だと私は解釈した。印象が濃いということなら、味や香りの強さはもちろん、ザラザラした舌触りや、極細の蕎麦の見た目のインパクトも含まれる。

山川さんの生粉打ちの蕎麦は、小麦粉を入れた蕎麦のように、長く繋がっているわけではない。ある程度の長さはあるが、必要以上に、繋げることにこだわってはいない。

なぜなら無理に繋げようとすると、食感や食味など、蕎麦の特徴が変わってしまうからだ。蕎麦の材料の声を聞き、備わっている持ち味を大切にして、その個性をできるだけ引き出してやりたいという気持ちが、山川さんのさっぱりして、濃い≠ニいう言葉には、込められているのだ。

見た目は繊細で、さほど主張は強くなさそうに見える蕎麦だが、その実、風味に優れ、食感、食味ともに、深く印象に刻まれる。それでいながら、食べ終えたあとには、しつこさやくどさは微塵も感じさせない。

蕎麦に寄り添う蕎麦つゆの味は、それだけを味見すると、ちょっと力が強すぎるかなとも感じるが、生粉打ちの濃い°シ麦と合わせると絶妙のバランスで、非常に座りの良い蕎麦つゆとなる。なるほど、この蕎麦があるから、このつゆなのだなと、納得の笑みがこぼれる組み合わせだ。

これほどの蕎麦を打つ山川さんだが、実はもともと蕎麦はあまり好きな食べ物ではなかったという。蕎麦が好きではない自分が、美味しいと思えるような蕎麦を作りたい。その目標にたどり着くために、様々な打ち方を試し、いろいろな産地の蕎麦を使ってみて、今の作り方に行き着いた。

人気のメニューは、基本の十割蕎麦を使った「板そば」と、季節によって内容が変わる変わり蕎麦。7月から8月は「青じそ切り」だ。

極細の十割ばかりでなく、さらしな蕎麦までもが定番メニューになっている『手打 梅蕎麦』の、さっぱりして、濃い*。を知ったなら、山形の蕎麦食文化の底知れぬ奥深さ、幅の広さに、誰もが拍手を送りたくなることだろう。


手打 梅蕎麦
山形県山形市東原町3─5─10
電話 023─622─8377

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