《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

太い手打ち蕎麦が名物


第七十五回 片山虎之介

「昭和48年に店を始めたころは、お客様に“黒いうどんは頼んでないよ”と、しかられたこともありました」と笑うのは、主人の田村光司さん。蕎麦が太くて色が黒いことに、客が苦情を言ったのだ。それが今では太い蕎麦が、『そば処 きんしょうじ』の名物になっている。

器に盛られた蕎麦は、確かに、ちょっと太めだ。

「太くする理由はなんですか」と尋ねると、田村さんは「手打ちで細く切れないから、太くなってしまうんです」と、また笑う。この明るい人柄もきっと、店の名物なのだろう。

太い蕎麦には、太い蕎麦のおいしさというものがある。地方の郷土蕎麦は、もともと太い蕎麦が多かった。これは原材料の蕎麦そのものがおいしいので、噛んでその味、香りを楽しむことが、蕎麦の持ち味を最も活かす食べ方だったからだ。

蕎麦には、頃合いの太さというものがある。

何が「頃合い」かは、蕎麦を作る人が決めることだ。「私は、こういう蕎麦を作りたいのだ」と打ち手が思うのが、頃合いの太さということになる。

『そば処 きんしょうじ』では、この太い蕎麦を割子に盛り、何段にも重ねて供する「割子そば」を品書きに載せている。「天付き五段割子」は、同店の高級メニューの中のヒット商品となっている。

割子に入れて供する食べ方は、島根県出雲地方の郷土蕎麦として知られているが、『そば処 きんしょうじ』がある福島県白河地方でも、いつ誰が始めたのかは不明だが、ほとんどの手打ち蕎麦店で品書きに載せる名物蕎麦になっているという。

東北新幹線が停車する「新白河」は、誘致された大手企業の工場がいくつもある。そうした会社に、東京から時々、取引先の賓客が訪れ、接待の場を『そば処 きんしょうじ』に設けることが、度々ある。そんなとき、割子という器に特徴があり、何種類もの薬味と天ぷらが付いた「天付き五段割子」は、特別なご馳走として喜ばれるのだ。

酒宴になることが多いため、地酒と同時に、酒のつまみも重要だ。『そば処 きんしょうじ』では、つまみのメニューに力を入れ、蕎麦は主に田村光司さんが打ち、料理は二代目の田村・・さんが作っている。

店から車で5分ほどの場所にある「新白河」駅に新幹線は停車するが、観光客はほとんど降りない。『そば処 きんしょうじ』の客は、6割が地元の人々だという。その土地土地で、地元が必要とする形に対応して店が育っていくのが、成功の道筋だろう。在来種のソバが長い時間をかけ、その土地に馴染んでおいしくなるように、店も、その土地に馴染んだ形で発展すると、魅力的な蕎麦屋になるのかもしれない。

白河蕎麦は、その昔、東北屈指のうまい蕎麦として知られた名物だった。連綿と受け継がれる郷土の蕎麦食文化を守り、さらにおいしくすることで、地域の人々の誇りや生活も守りたいとの思いを込めて、『そば処 きんしょうじ』では、今日も太い蕎麦を打っている。


そば処 きんしょうじ
福島県西白河郡西郷村字石塚北77
電話 0248─22─0590

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