《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

町の食堂から蕎麦の名店に変身


第七十一回 片山虎之介

埼玉県ふじみの市にある『旭庵 甚五郎』は、おいしい手打ち蕎麦を供する店として定評がある。多くの常連客が通う同店だが、最初からこれほどの人気店だったわけではない。昭和35年に先代が創業したころは、定食やうどんを供する、どこの町にもある普通の食堂だった。屋号は『旭庵』といった。

父である先代から、二代目として店を継ぐ立場にあった鈴木浩行さんは、『旭庵』を、自分が理想と描く店に変えたい思い、手打ち蕎麦の修行に入ることを決心した。修業先は、埼玉県入間市にある『神明庵 甚五郎』。現在、「甚五郎」という名前の付く店の本家にあたる、うどんと蕎麦の名店だ。

修行を終え、『旭庵』に戻った鈴木さんは、平成5年に店舗を建て直し、うどんと蕎麦の専門店として再スタートを切った。屋号も『旭庵 甚五郎』に変えた。

当初は蕎麦よりも、うどんを中心にした店だった。

徐々に客が増えていったが、時代の流れで、外食チェーンの讃岐うどんの店などが増えてきて、安値で売るライバル店との競争は、楽ではなかった。

そこで、うどんと並ぶ、もうひとつの旗印、蕎麦を中心に据えて、店の方向性を切り替えることにした。

チェーン展開する店に対抗するには、価格ではなく品質だ。

鈴木さんは、今から6年前に石臼を導入し、自家製粉に切り替えた。このときから店の蕎麦は、大きく変わった。同じように打っても、香りも味も格段に良くなった。

客にも好評で、噂が口コミで広まり、注文されるメニューは、10年前にはうどんが8割を占めていたのだが、今では蕎麦が8割を占めるまでになった。

蕎麦がおいしい上に、『旭庵甚五郎』ならではの個性的なメニューが多かったため、価格を下げる必要もなかった。以前より、ずっと経営は安定するようになったという。

蕎麦の品質を維持するために、鈴木さんは地産地消を心がけている。

地元産の蕎麦を仕入れ、必要量を毎日、自家製粉する。これがすべての基本となる。

チェーン店と競い合うには、この方法が、極めて大きな力となる。

野菜も地産地消。地元の農家との結びつきを深めるのは、おいしい蕎麦を作る上で、最良の方法だと、鈴木さんは言う。

この店ならではの、個性的で、なおかつおいしい人気のメニューを、何品かご紹介しよう。

まず一番人気は「田舎もりそば」。冬も夏も注文の多い人気メニューだ。蕎麦つゆは、鴨汁を合わせている。タマネギ、椎茸、長ネギなど、地元の野菜を一緒に煮込んで、コクと甘さを出している。鰹節は削ることから店で行う。蕎麦つゆは、4種類用意してあり、客はその中から、好みの汁を選ぶことができる。

次に人気なのが、「のら」(ごま蕎麦)だ。これは「甚五郎」の暖簾を受け継ぐ店では定番ともいえるメニュー。たっぷりかかった胡麻の風味が、一度食べたら、忘れられない。

うどんを熟知しているだけあって、小麦粉にも精通していて、こういう蕎麦を打ちたいという狙いにより、つなぎの小麦粉も変えている。それが麺の食味を、さらに引き上げている。

町にある普通の食堂から、蕎麦の名店になれた原動力は、鈴木さんの小さなことも手を抜かない努力の積み重ねだ。それは、そのまま味の良さとなって、この店に通ってくれる常連客を引きつけている。


旭庵 甚五郎
埼玉県ふじみ野市上福岡3─7─14
電話 049─261─1274

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