《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

蕎麦も料理も
 一流を目指す


第六十四回 片山虎之介

『蕎麦 雪月花(せつげっか)』は、静岡県島田市、JR島田駅近くのこの地で、創業80年になろうとする歴史のある店だ。鈴木 朗(あきら)さんは、3代目当主となる。

「蕎麦店」と一口に言っても、日本各地で営業する店のスタイルは様々だ。もり蕎麦だけで営業する店もあれば、もり蕎麦など、基本的な蕎麦のメニューを一通りそろえ、さらにラーメン、カレー、すし、うなぎ、スパゲティーまで用意したオールマイティーの店もある。

そのいずれの店も「蕎麦店」と名乗ることができるのだから、蕎麦のふところの深さは、恐るべきものがある。すしとか、カレーなど、他のジャンルの店だったら、こういうことは許されない。「蕎麦店」だけが、他に何を出しても、蕎麦さえ供していれば「蕎麦店」と名乗っても抵抗がないものらしい。この柔軟さこそ、蕎麦店が、外食産業の荒波にも負けずに、長い年月を生き抜いてきた理由のひとつなのかもしれない。

さて、この『蕎麦 雪月花』だが、多様なスタイルの店が存在する中で、いったいどういう個性を持った蕎麦店なのだろうか。

昼の営業はセットメニューが中心で、夜の営業は酒と料理と、最後に蕎麦を楽しむコースがメインのメニューとなる。売り上げ高で比較すると、昼を2とすれば、夜は8ほどの売り上げがあるという。

 

ここまで聞いて「なるほど、蕎麦屋というより、酒と料理が中心の店なのだな」と早合点しないでいただきたい。

主人の鈴木さんは、「うちは売り上げの比率には関係なく、あくまでも蕎麦屋なんです」と言う。どういう蕎麦を出すのでしょうかと聞くと、次のような答えが返ってきた。

「材料の玄蕎麦は、常陸秋そばの、手刈り、天日干しのものです。私が現地に出向いて、作柄を判断して、買い付けてきます」

仕入れた玄蕎麦は、店の作業場で磨きをかけ、脱皮も行い、製粉まで、すべてのコントロールを鈴木さんが行っている。石臼は、電動と手挽き用と、二種類があり、手挽き臼も限定メニューの蕎麦粉を作るために、毎日必ず回している。そして、できた蕎麦粉を、生粉で手打ちしているのだ。

なるほど、ここまですると、やはりいわゆる「こだわりの蕎麦屋」に分類されるべきだろう。

だが鈴木さんは、蕎麦以外の料理にも、惜しむことなく手をかける。先付から始まって、基本のコースは、8品が次々に供される。季節ごとにオリジナルメニューが考案され、『蕎麦 雪月花』ならではの世界を展開している。全体のレベルは、とても高い。刺身は日本料理の専門店に、ひけを取らないし、酒好きが珍しがるほどの銘酒が置いてある。しかもそれが驚くほどの廉価で楽しめる。

最後にメインディッシュとして供されるのが、鈴木さんが魂を注ぎ込んだ「蕎麦」だ。今まで運ばれてきた、すべての料理や酒が、この蕎麦を味わうための前菜だったということになる。

これだけの手をかけた料理が並んだコースのトリは大役である。並大抵の蕎麦では、荷が重すぎて務まらない。

常陸の手刈り、天日干しの生粉打ち。鈴木さんが「自分は蕎麦屋です」と胸を張って言うのは、この一枚の蕎麦に、自信と誇りを持っているからなのだ。

なんとも贅沢な「蕎麦」のコース料理である。マスメディアの蕎麦屋ガイドには、ほとんど登場しないが、隠れた名店が、ここにもあった。



蕎麦 雪月花
静岡県島田市本通2─3─4
電話 0547─35─5241

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