《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

京都を代表する名物の一品
「にしんそば」に人気沸騰


第六十一回 片山虎之介

京都『松葉』の「にしんそば」といえば、京都を代表する名物のひとつに数えられるほど、知名度も歴史もある蕎麦だ。その名は海外にまでとどろき、昨今は外国からの旅行客の姿が、店内に目立つ。

 

訪れる客の6割が「にしんそば」を注文するという。

 

蕎麦店『松葉』の歴史を遡ってみよう。

 

今から400年ほど昔、京都・四条大橋のたもとで、出雲の阿国と呼ばれる女性が男装して踊り、人気を集めたという。これが歌舞伎の原点とされ、ゆかりの地、四条大橋近くには、日本最古の劇場「京都四條南座」が現存し、今も華やかに歌舞伎の公演を続けている。

 

『松葉』は文久元年(1861)ごろ、南座の正面入り口に隣接する現在の場所で創業した。

 

それから150年以上の年月を、歌舞伎の歴史に寄り添いながら過ごしてきたのである。

 

南座を訪れた人々は、『松葉』の蕎麦に舌鼓を打ってから、歌舞伎の公演を楽しんだのだろうか。「にしんそば」は、いつごろから食べられていたのだろう。

この名物メニューの誕生について、『松葉』社長の松野泰治さんは、次のように語る。

「にしんそばは、『松葉』の二代目、松野与三吉が考え出したと伝えられています。明治15年ころに作られたものですが、思い付くきっかけになったと考えられる料理が、京都にはあるのです」

私の想像ですがと、前置きして、松野さんは言う。

「京都では昔から、どこの家でも作るおばんざいとして、“にしんなす”という料理があります。夏から秋にかけて、旬の茄子(なす)と、鰊(にしん)を甘辛く炊いて、味わうものです。これを蕎麦の種にしたら、良く合うのではないかと、私だったら考えると思うのです。ですから、おそらく、にしんなすのおばんざいをヒントにして、にしんそばが生まれたのだろうと思っています」

おばんざいとは、京都の一般家庭で、ご飯のおかずとして作られる総菜のことだ。たとえばタケノコや、キノコ、季節の旬の近郊の野菜などを使い、煮物などを作る。

このおばんざいの、にしんなすを、『松葉』では、飯や汁と組み合わせて、「にしんなす定食」の名でメニューに載せている。 「にしんそば」の原点となったと思われる料理が、どのような味なのか、興味をそそられる。

「にしんそば」や、にしんなすの材料として使われる鰊にしんは、身欠き鰊といって、鰊の頭や内蔵を取り去り、乾燥させた干物である。江戸から明治にかけて、北海道から北前船で運ばれてきたものが、海から離れた京都の地で、貴重なたんぱく源として利用された。

京都では当時、新鮮な海の魚が入手しにくかった。だから最高のランクに格付けされていたのは、淡水魚の鯉であった。今でも京都の伝統を重んじる老舗料亭では、生の刺身などには、関心が薄いようだ。そうした店では、一塩の甘鯛とか、昆布締めにした魚の細作りなどが重要な食材、料理となる。

『松葉』を訪ね、「にしんそば」や「にしんなす定食」が生まれた背景に思いを馳せながら蕎麦を味わえば、この蕎麦がなぜ、京都を代表する名物のひとつになったのか、得心がいくことだろう。



松葉
京都府京都市東山区
四条大橋東入ル川端町192
電話 075─561─1451

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