《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

手打ちと機械打ち
二種類の蕎麦を生かす


第五十八回 片山虎之介

「どうして、うちなんか、取材なさるんですか? まったく普通の蕎麦屋なのに…」と、ご主人の小川 勲さんは、戸惑いを隠さない。

『海老民』は、たしかに「普通の蕎麦店」だ。神奈川県川崎市の東急田園都市線、梶ヶ谷駅から歩けば15分もかかる。立地は、決して良いとは言えない、28席ほどの店だ。蕎麦は、機械打ちに加えて、手打ちを1日15食ほど限定で提供する。

出前も行っていて、こちらも一日15件ほどの注文がくる。

店頭には電動の石臼が設置され、ガラス越しに、ゆっくり回転している様子を眺めることができる。

このデータを見るだけなら、さほど変わったところもない「普通の蕎麦店」だ。

しかし、この店を取材してみて、「普通に見えるが、すごい蕎麦店」と、私の評価は変わった。

何をもって「普通」と言うのかという問題は、さておき、「普通」に見えるのに、ぐいっと引き付けて放さない、強い魅力を備えた蕎麦店。それが『海老民』だと言うことができる。

小川さんが石臼による自家製粉を始めたのは、20年以上前。まだ、自家製粉のやり方など、ほとんど情報がない時代だった。

米の道具を買ってきて使ってみるなどして、試行錯誤を重ねた。

なぜ手のかかる自家製粉を始めたのか、その理由を小川さんは、次のように語る。

「こうすれば、良い粉が作れるからです。蕎麦粉次第で、蕎麦の善し悪しは決まります。どうしても製粉したての、良い蕎麦粉を使いたかったのです」

材料の玄蕎麦は、2カ所の産地から、直接購入する。それを半々の割合で、混ぜて使う。

まず、殻をむき、丸抜きにしてから、石臼にかける。

最近は、自分の味の好みが、あっさりしたものが好きになってきたので、店で提供する蕎麦も、自然と、あっさりした味に仕上げてしまうという。

そうした微妙なコントロールが自在にできるところが、自家製粉の醍醐味だ。

石臼で作った蕎麦粉を使い、手打ちは、小麦粉2割の二八蕎麦に打つ。

同じ蕎麦粉を使い、機械打ちもする。作る量は、こちらの方が多い。つなぎの比率は、機械打ちの場合、つなぎを3割加える。

お客さんには、機械打ちの麺か、手打ちの麺かを選んでもらう。値段は、手打ちを選ぶと、110円、割り増しになる。手打ちを選ぶお客さんは、平均して、一日15人ほどだという。

『海老民』の、機械打ちの蕎麦を食べてみて、この店の真の魅力がわかった。なるほど、機械打ちの蕎麦は、十分にうまいのだ。これなら手打ちか、機械打ちかと、悩まなくても、いいかもしれない。

20年以上かけて積み重ねてきた努力の成果が、蕎麦のうまさに結びついているのだ。これが『海老民』の、すごさの理由だ。

この店は常連客が多い。 もちろん、蕎麦の味に惹かれてのことではあるが、いつも常連さんに足を運んでもらう工夫を、小川さんは欠かさないという。

「同じことだけやっていたら、お客様に飽きられてしまいますから、期間限定メニューを作って、それを二ヶ月ごとに新しくしています」

1月から2月の期間限定メニューは、表紙に掲載した「かきと下仁田葱」の、温かい蕎麦だ。新年から始まる、この期間限定メニューを楽しみに、また常連さんが、暖簾をくぐってくれることだろう。



梶ヶ谷 海老民
神奈川県川崎市高津区梶ケ谷5─6─8
電話 044─866─6248

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