《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

伝統を土台に時代に合った蕎麦を追求


第五十六回 片山虎之介

日本の三大蕎麦といえば、「戸隠蕎麦、わんこ蕎麦、出雲蕎麦」。三大蕎麦の筆頭に挙げられるのが戸隠蕎麦だ。まさに、日本を代表する蕎麦処が、信州・戸隠だということができる。

各地に蕎麦の食文化が、あまたある中で、なぜ戸隠の蕎麦だけが、そんなに有名になったのだろうか。この蕎麦には、他の地域とは異なる、どのような特徴があるのだろうか。

前述の日本三大蕎麦を見てみると、戸隠蕎麦と出雲蕎麦には、ある部分、似通った特徴が見て取れる。それは、ふたつの蕎麦処は、名高い信仰の地であったということだ。

戸隠は修験道の聖地で、日本各地から多くの人々が参拝に訪れた。

出雲にも、出雲大社があり、日本の創世にまで話が遡る神話の国だ。

名立たる聖地であったことが、これらの地の蕎麦を有名にする、大きな要素であったということができる。

しかし、信仰が根付く地域は、戸隠、出雲以外にも、たくさんある。それらを抑えて、戸隠がトップに躍り出たのは、なぜか。やはり、信仰の地という付加価値だけではなく、蕎麦そのものに、特別な魅力があったと考えるのが自然だろう。

戸隠の老舗蕎麦店、『戸隠そば 山口屋』のご主人、山口輝文さんに、戸隠蕎麦の魅力を聞いた。

「戸隠は手打ち蕎麦が当たり前の土地で、小麦粉のつなぎを使った蕎麦の文化を、地域をあげて継承している所なのです。また山から湧き出る水など、自然の恵みが、蕎麦のおいしさを引き出してくれるのです」

信州では、小麦粉が手に入りにくかったため、生粉打ちの食文化が育った。つなぎを使うにしても、ヤマゴボウと呼ばれるオヤマボクチや、ヤマイモなどが利用された。戸隠から遠くない、新潟県十日町付近ではフノリを使うなど、小麦粉以外の食材を工夫して、つなぎとして使っている。

そうした状況の中で戸隠蕎麦は、特別な存在だったに違いない。

今では、黙っていても観光客が集まる戸隠だが、『戸隠そば山口屋』では、戸隠の蕎麦を、よりおいしくするための努力を続けている。

「蕎麦屋さんは、今、現代の舌の肥えたお客さんに満足していただける、おいしい蕎麦を提供するために、いろいろな工夫をしています。私たちも、お客さんに喜んでいただける蕎麦を作るための努力を、怠ってはならないと思うのです」

山口さんは、戸隠に昔から栽培され続けている、在来種の蕎麦に注目している。地元で栽培した蕎麦を、地元で提供することができれば、それはお客さんに対して、何よりのサービスになることだろう。人々が遠くから、わざわざ戸隠の地を訪れるのは、この地に来なければ味わえない蕎麦を食べたいからにほかならない。

山口さんは、ソバの栽培を手がけながら、石臼で自家製粉も行う。それを戸隠伝統の、一本棒、丸延しの技で、おいしい蕎麦に打ち上げるのだ。

さらに、地元の蕎麦の食文化を盛んにするために、高校の蕎麦部の指導を行い、戸隠忍者の伝承を伝えるなど、幅広い活動を精力的に行っている。

信仰の聖地に連綿と伝えられる蕎麦のおいしさは、こうした人々の努力によって、守られ、さらに磨きがかけられて、次の世代へと受け継がれて行くのである。



戸隠そば山口屋
長野県長野市戸隠中社3423
電話 026─254─2351

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