《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

魚のアラで出汁をとり
スープの味が毎日変わる


第四十九回 片山虎之介

脂のたっぷり浮いた、濃厚な味のとんこつラーメンがブームになっているが、さっぱりした食味のラーメンを好む客も、少なからずいる。今回は、そうした好みの客が集まる人気店のひとつ、東京・新宿の『麺屋 海神』を訪ねた。

この店のラーメンの種類は、基本的には「あら炊き塩らぁめん」1種類のみ。そこにオリジナルの辛味を加えた「あら炊き辛塩らぁめん」などがバリエーションとしてあるだけの、シンプルなメニュー構成だ。

このラーメンの人気が高い。

雑居ビルの二階という、店の立地条件としては不利な場所にあるにもかかわらず、二階から一階の道路にまで順番待ちの客の行列がのびる。夜は23時30分まで営業しているが閉店時まで客足は途絶えない。

平均的な売り上げ数は、平日で200から300食。休日には400食ほどあるという。

それを、アルバイトも含めて7人ほどのスタッフでこなしている。

このラーメンの特徴は、まずスープの出汁を、魚のアラを使ってとるところにある。アラは料理店などが魚料理に使って残った部分を求めて使うのだが、これが想像するほど簡単なことではないのだ。

『麺屋 海神』のオーナーである遠藤悦子さんに話を聞いた。

「質の良いアラを手に入れるのが、難しいですね。いろいろ努力して仕入れ先を探しましたが、今は信頼のおける魚屋さんから、安定して仕入れることができるようになりました」

仕入れたアラは、そのままでは使えない。一番大変なのが、スープに使うための下ごしらえだという。

「苦みのもとになるエラは取り去り、頭は割って血を取り除きます。内蔵、浮き袋など、使えない部分はきれいに取って、一日がかりで掃除をするのです。最初の一年ぐらいは失敗の連続で、作ったスープを全部捨てて、その日は営業できないなんていうことも、何度もありました」

どうしたらアラから美味しくて、澄んだスープがとれるのか、わかるまでには試行錯誤の長い時間が必要だったという。

「ラーメンの丼の中に脂が浮かんでいますが、これは魚の脂ではないんです。魚の脂は魚臭さのもとになるので、炊いているときに、全部、取り去ります。丼に浮いているのはオリーブオイルなのです」

様々な工夫を積み重ねて、『麺屋 海神』のラーメンは、この店ならではの美味しさに仕上がっているのだ。

さらにもうひとつ、繁盛に結びつくコツを、遠藤さんは教えてくれた。

「麺の太さは細麺ですが、これは短時間で茹であがるので、お客様の回転率を良くすることに繋がります。お客様に長時間並んでいただかなくて済みますし、店の売り上げも上がることになります」

そしてシンプルなメニュー構成を、変化に富んだ魅力あるメニューに変える秘密が、6種類用意された「トッピング」だ。これをひとつひとつスープに入れるたびに、スープの味の表情が変わる。さらに、ラーメンとセットにもなっている「へしこ」のおにぎりをスープに入れて味わうと、伝統の発酵食品が生み出す奥深い旨味が堪能できるのだ。

「『海神』のラーメンは、スープを楽しんでいただくところに、ほんとうの面白さがあるのです」と、遠藤さんは言う。

掃除が行き届いた清潔な店内で味わう多彩な表情のスープ。店の前に並ぶ行列の4割以上が女性だという、その理由がわかる気がする。


麺屋 海神
東京都新宿区新宿3─35─7 さんらくビル2F
電話 03─3356─5658

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