《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

ネギが箸代わり
大内宿の蕎麦


第四十二回 片山虎之介

会津・大内宿の『三澤屋』と聞いてピンとこない人でも、「長ネギを箸代わりにして食べる蕎麦」と言えば、「ああ、あの店か」と、映像が頭に浮かぶことだろう。漆塗りの椀に盛った蕎麦に、長ネギがさし込まれた写真は、一度見たら忘れられない強いインパクトがある。

この写真が人々の記憶に残り、ほとんど宣伝をしなくても、遠い場所からも客を運んできてくれるのだ。

会津には、個性豊かなメニューがいくつもある。『三澤屋』の「高遠そば」や「水そば」も印象深いが、山都の「水そば」も独特だ。そしてまた、でんぷんを主体にした蕎麦粉で打った白い蕎麦など、他地域の郷土蕎麦とは趣を異にする、魅力的な役者がそろっている。

これは、蕎麦処として人々に愛されるためには、とても重要なことだと思う。

長ネギを丸ごと椀にさした、一杯の不思議な蕎麦は、『三澤屋』の名を広めるとともに、大内宿の名も高め、蕎麦処・会津の名前さえも押し上げているのだ。

多くの人は、このネギをさした蕎麦を見て、岩手県の「わんこそば」と共通する、おおらかな「遊び心」を感じとるに違いない。

長ネギを使ったこの食べ方は、地域伝統の食文化なのだろうか。『三澤屋』の女将、只浦千恵子さんに話を聞いた。

「最初は主人の思い付きだったのです。主人が子供のころ、家では炭焼きをしたり、タバコを栽培したりしていましたが、夕方になると酒屋もやっていました。大人たちが集まって酒を飲みながら、肴にキュウリやナスを食べるのを見て、まだ子供だった主人は、おいしそうだと思ったのだそうです。それとは別に、主人が山で遊んだとき、弁当を持っていったけれど箸を忘れたので、長ネギを清水で洗って箸代わりに使ったことがあったそうです。そのネギに味噌を付けて食べたら、とてもおいしかった。それが記憶としてずっと残っていて、蕎麦屋を始めたとき、蕎麦を長ネギで食べることを思い付いたのだそうです」

『三澤屋』の長ネギの食べ方は、客にアピールするためのアイデアなどではなく、生活の中から自然に生み出された食べ方だったのだ。

さらに女将さんは言う。

「店を始めたのは25年ほど前なのですが、長ネギを箸代わりに使う食べ方は会津の蕎麦口上にも詠われていることに、実は4〜5年前に気づいたのです。主人より、ずっと昔に、長ネギの食べ方は先駆者がいたんですね」

蕎麦口上というのは、会津の人たちが、客に蕎麦を振る舞うときに、蕎麦をたたえる言葉を、明るい調子で詠う伝統の風習だ。会津の各地に、数えきれないほどの蕎麦口上が語り伝えられている。

長ネギの食べ方は、会津に残る「破線状の蕎麦文化」とでも言えばいいのだろうか。一時は忘れられ、途切れても、また次の世代の誰かが同じことを思い付く。いつの時代もずっと、生活の中に蕎麦が深く根ざしているからこそ起こる、本物の蕎麦処ならではの現象といえるのかもしれない。


大内宿 三澤屋
福島県南会津郡下郷町大字大内字山本26─1
電話 0241─68─2927

トップページへ トップページへ