《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

客の顔を見て
うどんを打つ


第三十九回 片山虎之介

『釜竹(かまちく)』は東京・文京区の、下町情緒漂う根津にある。明治43年に建てられたというレンガ造りの蔵を改造した店舗が特徴で、住宅街のわかりにくい場所にあるにもかかわらず、昼時には行列ができる。

駅からここに来るまでの間には、他の飲食店もあるのだが、客がそれらの店を素通りして、『釜竹』まで足を運ぶ理由は何なのだろう。
 


 主人の平岡良浩さんは、その問いに、次のように答える。

「特に変わったことはしていませんが、心がけていることは、ゆがきたてを食べていただくとか、お客さんの口にあったものを提供するということですね。お客さんの好みは十人十色。ひとりひとりのお客さんを見て、その人のストライクゾーンめがけてうどんを作ることが、いちばん大切だと思っています」
 

そのために平岡さんは、調理場と客室の間の壁に小さな窓を設け、注文した客がどのような人なのかを、窓から覗いて、自分の目で確認してから、うどんを打つ。

「女性と男性では、お客さんの求めているものが、ぜんぜん違いますし、ビジネスマンで時間がない人の求めているものも、また違います。小窓から見て、今からどういうお客さんにうどんを出すのかということを、ちゃんと把握して、その人にあったうどんを打つのです」

『釜竹』のうどんは、平岡さんの熱意が食味に表れている。麺はつるりと滑らかで、独特のもちもち感がある。跳ねるようなコシを備え、噛んだときの甘さが印象的だ。

このつるつる感は、どういうところを工夫すれば出せるのですかと尋ねてみた。

「うどんを、できるだけ短時間で打って、打ちたてを、すぐに釜に入れれば、つるっと舌ざわりの良い、もちもちしたうどんができます。仕事が遅いと、生地が乾燥して、うどんの魅力が半減してしまいます。刺身といっしょで、鮮度が重要なのです」と平岡さんは笑う。

そういえば、この店に足を踏み入れたとき、包丁の音が、まるで機関銃を打つような勢いで響いていた。そんなに急いで何を切っているのだろうと思ったのだが、あの音が、おいしいうどんが生み出されるときの音だったのだ。

『釜竹』のうどんは、前日に捏ねたうどんを、次の日の朝、すぐに切れる状態に延しておき、注文が入ってから切る。こういう手順だから、ひとりひとりの客に合わせて、うどんを作ることができるのだ。


うまいうどんを食べたいという気持ちを、満足させてくれる店を、客は探している。目立たない路地裏に隠れるように店を開いていても、うまいうどんを供していれば、客は探しだして行列を作ってくれる。

ビジネスマンで、お腹ぺこぺこの人は、この店に行けば、ちょっと太めで、満腹になるうどんが食べられる。おいしいものを少しだけ食べたい女性は、この店に行けば、ちょっと細めで、優しい食味のうどんが待っている。

ひとりひとりの客が食べたいと思ううどんが、この店には用意されているのだ。


釜竹 (かまちく)
東京都文京区根津2─14─ 18
電話 03─5815─4675

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