《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

老舗のメニューは
103種類


第三十三回 片山虎之介

京都、車屋町通りに暖簾を揺らす『本家 尾張屋』の創業は、今から547年前に遡る。家伝によると、寛正6年(1465)、尾張国(愛知県西部)からやってきた祖先が、京都に菓子屋を開いたのが始まりとされている。

最初は菓子屋であったということだが、嘉永元年(1848)に著された『近世事物考』という本には、蕎麦は寛永以後、元禄の初めごろまでは、皆菓子屋にてこしらえたという記述がある。蕎麦切りが売り出された初期は、まだ蕎麦屋というものはなくて、菓子屋で販売していたものだという。

その理由は、菓子屋が粉を練り延ばして切る技術を持っていたからだと言われている。

蕎麦の人気が高まると、それを専門に扱う店ができてきた。

『本家 尾張屋』も菓子と蕎麦を商ううちに、次第に蕎麦を商う量が多くなっていった。禅寺や御所から、蕎麦の注文を受けるようになったという。

この547年という年月は、驚異的だ。東京で最も古い蕎麦店が、360年ほど前の創業だという。それより180年以上、遡ることになる。

江戸幕府が開かれたのは慶長8年(1603)とされているから、まだ江戸時代が始まっていない室町時代の出来事である。京都では「この前の戦争」というと、応仁の乱を指すと言われるが、なるほど老舗の歴史も、桁違いなのだ。

それだけに店の様子は、通常の蕎麦店とは、かなり異なる。

たとえば品書き。そこに書かれたメニューを、ざっと数えてみると、103種類という数字になった。そのうち甘味は8種類。

料理の内容も、京野菜せいろ、けいらん、のっぺい、宝来そば、利休そば、天ぷら釜揚うどん、おろしごま和え、芋かけそば、細(ささめ)天せいろ、衣笠丼、木の葉丼、利休麩など、見慣れない名前が並ぶ。どれも、いったいどういう料理なのだろうかと、全部、食べてみたくなる。

数が多いのは、メニューだけではない。店内の席数は、約100席。入り口の暖簾をくぐっただけではわからないが、ずっと奥まで建物が続いている。

取材をしている間にも、旗を手にした旅行会社の添乗員が飛び込んできて、「団体のお客さま、30人ですけど、入れますか」と、汗を拭き拭き、たずねる。

『本家 尾張屋』の担当者は、「大丈夫ですよ、二階がありますから」と、こともなげに答える。

それが、二度、三度と続く。

担当者は、当たり前のように、それをこなしていく。

ああ、これが京都の老舗の底力なのだと、感心させられた。

『本家 尾張屋』のつゆの味は、江戸の蕎麦とは大きく異なる。京都の食文化の中で育まれた蕎麦つゆは、京料理の伝統が土台となる。

前夜、地下水を汲み、利尻昆布を浸しておく。翌朝、そこに、うるめいわし、そうだがつお、さばの節を加えて煮る。醤油と砂糖で味を調え、汁とする。

つけ汁は、そこに一週間寝かせたかえしを加えて作る。

このつゆの作り方にも、気の遠くなるような時間の積み重ねがあるのだろう。

京都の老舗をのぞくと、すべてのスケールの大きさに、驚かされることばかりだ。驚きの数も数えてみれば、103種類ぐらいはあるのかもしれない。


本家 尾張屋
京都市中京区車屋町通二条下る
電話075─231─3446

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