《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

若い女性客に
人気の理由


第二十九回 片山虎之介

東京・神保町にある蕎麦店『柳屋』は、女性客が多い店だ。42席の店を埋める客の6割は女性。蕎麦店で、こういう店は珍しい。

『柳屋』は、なぜ、こんなに女性に人気があるのだろうか。その理由を、主人の福田剛士さんに尋ねてみた。

「特別に意識して、女性のお客さんのために何かしているということはないんですが…なぜでしょうか?」と、逆に問い返されてしまった。

『柳屋』の近くには、大きなビルがいくつもあり、それらのビルに入っている会社の女性たちが、昼時はセットメニューを食べに数多く訪れる。

しかし、イタリアンやファミリーレストランなど、ライバルとなる他のジャンルの飲食店も、付近には数多く存在するのだ。

『柳屋』を訪れる女性客は、それらのライバル店には行かずに、この店を選んで来ているということになる。『柳屋』には確かに、彼女たちを引き付ける何かがあるのだ。

『柳屋』のメニューを見てみよう。ごく一般的な、東京の蕎麦店のメニューといえるものだ。女性客を意識した、おしゃれな料理があるわけではない。それどころか、デザートの甘味もなく、値段が他店に比べて安いわけでもない。もり、かけが630円、天もりは1200円。普通の値段と言えるだろう。

女性に一番人気の料理は、表紙に紹介している「ごま汁」だという。見たところ何の変哲もない、普通の蕎麦のようだ。

ところが、撮影してから味見をさせていただいて、そのおいしさに驚いた。「ごま汁」の麺に強い個性はないが、つゆの味が印象に残る。胡麻の風味、甘さ、しょっぱさのバランスも良いのだが、味の濃さが、この店ならではのものであるように感じた。「味が濃い」と言ってしまうと、「濃過ぎる」という意味になってしまうが、そこまでいかずに「味が強い」というレベルにとどめている。例えてみれば、イタリアンのスパゲティーを食べると、ソースの味が強く主張するものだが、そのバランスに似ているといえば、お分かりいただけるだろうか。

女性客に、二番目に人気の料理は、「なめこおろし」だという。この辛汁も、やはり、しっかりした味で、大根おろしを入れても負けない強さを備えている。

『柳屋』が女性客に人気の理由のひとつは、「適度な味の強さ」がキーワードになるような気がする。

店の経営上、心がけている点について尋ねると、福田剛士さんは次のように言う。

「へんに気取らず、お客さんが入りやすい感じを大切にしたいと思っています」

『柳屋』は、従来の蕎麦店のイメージとはちょっと異なる、明るい雰囲気を漂わせる店になっている。道路に面して、大きなガラス窓が設けられ、店内の様子が外から見えるのだ。この開放感も、魅力の、もう一本の柱といえるのではないだろうか。

それに加えて、近づき過ぎず、離れ過ぎず、あっさりしながらも暖かみを感じさせる接客。これも、「客が入りやすい店」という、福田剛士さんのコンセプトに合致するものだろう。

ささいなことのように思えるが、実はとても大切なヒントが、『柳屋』に行くと、いくつも発見できる。


神保町柳屋
東京都千代田区神田神保町1─103東京パークタワー102
電話03−3291─0213

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