《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

『藪蕎麦 宮本』の蕎麦の正しい食べ方


第二十二回 片山虎之介

『藪蕎麦 宮本』の蕎麦は、もさもさ噛まずに、さっと手繰っていただきたい。できれば3口で食べ終えたい。時間にしたら、蕎麦が運ばれてきてから1分以内。あれこれしゃべらず、無言でとにかく食べてしまいたい。

それから別のメニューも、ぜひ味わって欲しい。最初に「手挽きそば」を食べたら、次は「てんぬき」などは、いかがだろう。「水酒」と名付けられた、銘柄は非公開の酒を、ちびりちびりと飲みながら、これは少し、時間をかけて味わってもいいだろう。

最後にもう一杯、温かい蕎麦で締めると、この店の蕎麦の、だいたいの骨組みが見えてくることだろう。

なぜ、このように食べるのが「正しい食べ方」なのか。それは蕎麦を作る宮本さん本人が、そのように食べてもらうことを想定して、蕎麦を出しているからだ。蕎麦には食べるタイミングというものが、厳然としてあり、作る人はいつも、それを考えながら蕎麦を出す。その呼吸を外さずにいただくことが、蕎麦を最も美味しく味わう秘訣なのだ。

『藪蕎麦 宮本』主人、宮本晨一郎さんは、東京の藪御三家のひとつ『池の端藪蕎麦』で9年間、修行した。手打ちの技は、そのころ、やはり江戸蕎麦の名店として知られた『蓮玉庵』の五代目、澤島健太郎さんに教えてもらった。澤島さんは、わざわざ『池の端藪蕎麦』に出向き、店にいた職人たち全員に、江戸の手打ち蕎麦とは、こういうものであると教えてくれたのだという。

当時、東京の蕎麦店には製麺機が普及し、手打ちで蕎麦を作っている店は、数えるほどしか残っていなかった。失われそうになっていた江戸の蕎麦打ち技術を、澤島健太郎さんは若い職人たちに伝えて残したかったのだろう。

手ほどきを受けた期間は数週間と短かったが、そこで得た知識を基に、宮本さんは独学で工夫を重ね、蕎麦の打ち方を習得したという。

それで店を開けば、ふつう、話はだいたい終わりなのだが、『藪蕎麦 宮本』の場合は、ここからさらに第二幕の物語が始まるのだ。

宮本さんが、この世界に入ったのは、16歳のときだった。働き始めたころの蕎麦の色は、今よりずっと緑が濃くて、風味も格段に強かったという。その記憶もあり、「蕎麦とは本来、どういうものなのか」という問いかけが自分の中から聞こえてきた。答えを探して、最も基本的な、昔から田舎のおばあちゃんたちがやっていた手挽きの石臼で作る蕎麦を、自分でもやってみようと考えた。そしてそれを実行したのだ。


今でこそ石臼の自家製粉は大流行しているが、当時はまだ、そんなことをしている蕎麦店は、宮本さんの知る限りでは一軒もなかった。手本もない、先生もいない。これをやったら、どうなるだろうと、先の見えない闇の中を手探りで進むような、試行錯誤の年月が続いた。そしてたどり着いたのが、今の宮本流、蕎麦の作り方だ。

宮本さんのやり方は、すべての作業に、ひとつひとつ理由がある。なぜ、こういう玄そばを使うのか。なぜ、こういう石臼を使うのか。なぜ、二度挽きはしないのか。なぜ、こういう蕎麦つゆを合わせるのか…すべてに明確な理由があり、その理由がジグソーパズルのように複雑に組み合わさって、最終的に『藪蕎麦 宮本』の蕎麦の姿になるのだ。静岡県島田市まで足を運び、宮本さんの蕎麦を味わってみると、「蕎麦とは本来、どういうものなのか」という問いに対して、宮本さんが何と答えようとしているのかを、はっきりと知ることができる。

藪蕎麦 宮本
  静岡県島田市船木253─7
  電話 0547─38─2533

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