《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

たくさんの人に愛される蕎麦を作る

第十六回 片山虎之介

京都には、いい蕎麦屋さんがたくさんある。小さな石臼を手で回して、丹精込めた蕎麦を供する店もあれば、菓子屋の時代まで含めれば500年以上の歴史を持つ老舗まで、個性豊かな蕎麦店が点在している。

東京を始めとする関東地方が蕎麦の本場であるとするなら、京都は今や、それに迫る勢いを持つ町だといえるかもしれない。

 

 この町に、多くの支店を持ち、連日、たくさんの客を集める蕎麦店がある。その名は『有喜屋(うきや)』。当主の三嶋吉晴さんは3代目にあたり、現代の名工にも選ばれた、京都を代表する蕎麦打ちの名手だ。


 本店は、舞子さんが華麗な舞いを披露する「鴨川をどり」で知られる、先斗町(ぽんとちょう)歌舞練場のすぐ隣りにある。 『有喜屋』は昭和4年の創業当初から、この場所で営業を続けている。

飲食業界全般に景気が低迷しているといわれる昨今だが、『有喜屋』の売り上げは3代目継承以来30年間、ずっと右肩上がりで推移してきた。それは別の言い方をすれば、この店の蕎麦が、それだけ多くの人に愛されているということだ。なぜ『有喜屋』の蕎麦は、たくさんの人に支持されるのか。その理由を、三嶋 吉晴さんに聞いた。

「店の独りよがりではなく、いかにしたらお客様に満足していただけるメニューを用意することができるかを考えることが大切だと思います。私も、手打ち 蕎麦の技術を習得して、もり、かけで行列が出来る店を作りたかったのですが、経営を考えるとそれは無理だと判断したのです」


 より多くの客に喜んでもらい、何度も足を運んでもらうために、メニューの中に京料理、懐石料理を取り入れ、リーズナブルに食べられるように料金設定をした。
 京都の日本料理店に行けば7〜8000円も出さなければ食べられない料理を、経営努力を積み重ねて2980円で提供している。フリードリンクコース なども設け、宴会や家族での食事、主婦の集まりなどに利用しやすいようにした。蕎麦以外の料理も出すが、メインディッシュは、もちろん「せいろ」だ。
 「以前、京都では、蕎麦は人気がなかったのです」と、三嶋さんは、昭和55年に3代目として『有喜屋』を引き継いだ時代を回想する。


 当時は京都に、手打ちで蕎麦を作る店は、ほとんどなかった。
 三嶋さんはきちんとした手打ちの技術を習得したかったが、指導してくれる人も見当たらなかった。そこで組合のつてを辿って、東京『上野薮蕎麦』の鵜飼 良平さんに弟子入りした。本格的な蕎麦打ちの技術を身に付けた後、京都に戻り、手打ち蕎麦をメニューに載せたのだ。
 しかし、最初はほとんど売れなかった。京都では、手打ち蕎麦の味を知っている人が、とても少なかったのだという。


三嶋さんは、機会をみつけては蕎麦の美味しさを京都の人々に知ってもらう努力をした。 15年ほど前に、手打ち蕎麦教室も始め、蕎麦の魅力を広める活動を積み重ねてきた。
 その後、雑誌などで蕎麦が取り上げられようになり、蕎麦ブームが起こった。そうした気運にも後押しされ、京都にも蕎麦好きの人が増えていったのだという。


今、三嶋さんは「京都ブランド」の蕎麦を作り、それを日本一にしたいと動き始めている。
 「京都には、蕎麦屋もたくさんありますし、製粉所もあります。あと、足りないのは栽培です。京都以外の地域で栽培された蕎麦粉を使っていたのでは、 本当の意味での京都の蕎麦とはいえません」


 京都の地元で栽培された蕎麦を使い、伝統の京料理の食文化と融合させれば、それは魅力的な蕎麦ができることだろう。もしかしたら平成の時代に「京都 の新しい郷土蕎麦」が誕生する のかもしれない。


有喜屋(先斗町本店)
京都市中京区先斗町三条下ル 075─212─8603

トップページへ トップページへ