《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

手打ちうどんを自家製粉する

第十三回 片山虎之介

以前、東京・神楽坂の蕎麦店『蕎楽亭』を取材したとき、「この店ではなぜ、蕎麦はすべて十割なのですか」と質問したところ、「うちでは小麦粉を自家製粉していて、それがとても良い仕上がりなので、蕎麦のつなぎに使うのは、もったいないから」という、冗談とも本気ともつかない返事がかえってきた。

それほどまでいう小麦粉なら、ぜひ取材してみたいと、『蕎楽亭』を再訪した。小麦粉まで自家製粉している蕎麦店というのは、ちょっと珍しい。

主人、長谷川健二さんは、東京・神田の蕎麦店『松翁』で修行した人だ。『松翁』では、蕎麦だけではなく、うどんも手打ちしている。

長谷川健二さんは言う。
 「『蕎楽亭』では、店を始めたときから、師匠の店『松翁』と同じように、うどんを手打ちしています。最初は仕入れた小麦粉を使っていたのですが、蕎麦粉は自家製粉していますので、うどんも同じようにしたら、自分の考えているようなうどんに、より近づけるかもしれないと思って、自家製粉に踏み切ったのです」
 とはいっても、小麦粉の自家製粉は一般的ではない。その技術、ノウハウについての資料は、ほとんど見当たらなかった。麺の専門誌に掲載された記事などを手がかりに、手探りで始めた。

製粉したばかりの小麦粉からは、パン屋さんの匂いの
ような、いい香りが立ち上る。コンパクトで高性能の製粉機に玄麦を投入する。蕎
麦用の石臼の横に備え付けられている。小麦は蕎麦よりも、製粉に手間がかかると、店主長
谷川さんは言う。小麦の品種は農林61号が中心。

東京・神楽坂にある『蕎楽亭』。付近には、おしゃれな店が多く、
『蕎楽亭』を訪れる客は女性が高い割合を占める。ヨーロッパ製の小麦の製粉機を導入し、実際に作業してみると、小麦粉の製粉は、蕎麦粉よりも手がかかることがわかった。硬い玄麦を使える状態の粉にするまでに、何度も挽かなければならない。ふるいの網目は、蕎麦粉よりもかなり細かい。小麦粉をふるいに通そうとしても、すぐに詰まってしまって、なかなかうまくいかなかった。

しかし、試行錯誤を繰り返し、ようやく出来た自家製の小麦粉は、香りが強く、甘味も際立っていた。
 「小麦を製粉する部屋に入ると、パン屋さんのようないい香りがするんです。作業そのものは大変ですが、挽きたての小麦粉というのは、大きな魅力がありますね」
 製粉した小麦粉をブレンドし、うどんに打つ。塩加減や温 度を工夫し、捏ねては寝かせる工程を繰り返し、手間ひまかけて作る。うどんは蕎麦に比べ、麺体そのものが硬いため、打つのにも力がいり、時間がかかる。

現在、『蕎楽亭』では、小麦粉を使ったメニューは、冷たいもの、温かいもの、多くの種類を供している。

客にも、同店のうどんは、コシ、香り、甘味が強いと評判だ。訪れた客の約2割が、うどんを注文する。
 うどん用のつゆは、蕎麦とは別に作る。蕎麦つゆは濃口醤油がベースだが、うどん用には淡口醤油を使っている。

出来上がったうどんは、弾力があり、風味に優れ
る。柳津在来の蕎麦と、良いバランスで楽しめる。捏ねては寝かせる工程を繰り返し、長くつなげたう
どんを、手で引きちぎる。主に使う小麦の品種は、農林61号だ。この品種は麺にしたとき薄い褐色を帯びるが、香りも良く、味も濃い。自家製粉で少量のフスマが混ざった状態の小麦粉にするので、さらに香りも甘味も強いうどんになる。

真っ白に仕上がったうどんのような透明感には欠けるが、それを補って余りある食味の良さを備えている。主人、長谷川さんも、同店をうどん目当てに訪れる客も、このうどんに満足しているようだ。


蕎楽亭
東京都新宿区神楽坂3─6 神楽会館1F 03-3269-3233

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