《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

南国・沖縄の香りが漂う月桃蕎麦

第四回 片山虎之介

飲み食い話の玉手箱

各地で様々な蕎麦を味わってみると、なるほど料理は個人のアイデアで創造するものなのだと、実感する。

そのひとつが沖縄の「月桃蕎麦」。ヒスイのように美しい緑の色も、南国らしい甘い香りも、食べる人に強いインパクトを与える。

月桃蕎麦を生み出したのは、那覇市の蕎麦店『美濃作』主人、小山健さんであると書きたいところだが、小山さんは次のように言う。
「月桃蕎麦は、私ひとりの力で出来たものではありません。私が蕎麦屋になるきっかけを与えてくれた製麺会社サン食品の土肥健一社長や、私を支えてくれた妻、それに義兄など、何人もの人の力が集まったものが、この蕎麦なんです」

飲み食い話の玉手箱

小山さんは福島県の生まれ。腕の良い日本料理の調理師だった。昭和42年、まだ日本に復帰する前の沖縄に、日本料理の指導をする仕事で渡った。当初は高給をもらい、順風満帆の生活だったが、沖縄が日本に返還されると、小山さんが勤務していた日本料理のレストランは、閉店してしまった。

失職した小山さんの技術を生かせる職場は、当時、沖縄にはなかった。途方にくれる小山さんにアドバイスしたのが、製麺会社を経営していた土肥社長だ。
「蕎麦屋を開いて、沖縄の人に日本蕎麦の本当の美味しさを教えてあげてください」

土肥社長の麺に対する熱い思いを聞くうちに、蕎麦屋をやってみようという気持ちになった。最初は蕎麦屋を軽く見ていた小山さんだったが、蕎麦作りは予想外に奥が深く、難しかった。

飲み食い話の玉手箱

蕎麦の面白さを知るにつれ、小山さんは、沖縄ならではの蕎麦を作りたいと思う気持ちが強くなった。着目したのは沖縄の植物「月桃」だった。芭蕉に似た大きな葉を持つこの植物は、沖縄では暮らしの中で様々に利用される。沖縄の餅「ムーチー」を月桃の葉で包んで蒸すと、良い香りがムーチーに移り、美味しく食べられる。防虫効果もあり、新築の家の床下に敷くと害虫が来ない。沖縄の人々にとって、なくてはならない植物だった。

月桃の、いかにも南国の植物らしい香りと色を、蕎麦に移すことはできないだろうか。土肥社長にも協力を頼み、試行錯誤を繰り返した。

やがて土肥社長の努力で、月桃の葉を粉末化する加工技術が完成した。小山さんがそれを、食材の色を生かすのに好適な更科蕎麦に打ち込み、麺に仕上げる。ここ以外、世界のどこにない蕎麦が出来上がった。

月桃蕎麦をいただくと、ヨモギに似た強い香りが口いっぱいに広がる。細い麺に歯を当てると、更科蕎麦ならではの弾力が、かすかに歯を押し返す。たまり醤油を加えて作った、力のある蕎麦つゆの味は、蕎麦の個性をしっかりと受け止めて揺るぎない。食味も、見た目も、魅力にあふれた蕎麦だ。

飲み食い話の玉手箱

現在人気を博している様々な蕎麦のメニューは、もとをたどると、最初は誰かが考案したものだ。たとえば、もり蕎麦に、海老の天ぷらを添えた「てんもり」は、東京の『室町砂場』が昭和の時代に売り出したといわれる。

鴨肉を温かい蕎麦と合わせた「鴨南蛮」は、江戸時代に、馬喰町の『笹屋』という店が売り出したとされる。

そして沖縄『美濃作』の月桃蕎麦も、これから先、時代を越え、いつまでも作り続けられることだろう。

蕎麦を愛する人ならば、地元ならではの食材を生かし、世界のどこにもない自分だけのオリジナルメニューを工夫してみるのも、きっと楽しいに違いない。

名代蕎麦処 美濃作

沖縄県那覇市久茂地3─8─1
098─861─7383

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