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第35回 
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川が流れ森が広がる大自然の中に家族向け蕎麦ランドを作った男

にっぽん蕎麦紀行 写真・文/旅行作家 富永政美 space

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鶴が見つけた豊かな温泉
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室町時代の長禄2年(1458)、肥前国(佐賀県)からはるばる陸奥(みちのく)へやってきた月秀(げっしゅう)というお坊さまがあった。
蔵王山の霊場で断食修行をした帰り、山をくだってくると、一羽の美しい鶴が谷間に湧く湯の中に体を横たえ、傷ついた脚を癒しているのを見た。その姿の美しさに感動した月秀は、その湯を「鶴脛(つるはぎ)の湯」と名付けた。
それが上山(かみのやま)温泉の始まり…と語り継がれ、 上山市には今も鶴脛町という地名が残っている。
江戸時代の上山は、羽前(山形県)から羽後(秋田県)へ通じる羽州街道に、南からの米沢街道が合わさる交通の要衝で、幕府はここに3万石の小藩ながら、実力派の譜代大名、松平(藤井)氏を置いていた。
城下町の至る所から温泉が湧き出し、湯煙りの中にお城が聳えていたという。当然のこと、旅籠の数も多く、上山は奥州随一の歓楽郷として賑わった。
また、2つの街道の合流点だったことから、各地の物産が集散し、市場の町としても栄えていた。

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鶴が湯浴みしたという源泉
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鶴が湯浴みしたという源泉
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上山の温泉街
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上山の温泉街

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「上ノ山」⇒「上山」⇒「かみのやま」
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現在の上山市は人口3万7千。県都山形市の南に接するのどかな観光の町である。
米沢から山形へ向かう国道13号線(旧米沢街道)を車で走りながら、私は30年も前、列車で上山に降りた時のことを思い出した。
木造平屋の寂しい駅に、「上ノ山」とペンキのはげかけた駅名標が立っていた。
「市の名前は上山なのに、駅名にはなぜ、ノの字が入るんですか?」と駅員に聞くと、「昭和29年に町村合併で市となる前は上ノ山町だったの」と教えられた。
その駅も、’92年の山形新幹線開業に合わせて立派な駅ビルに生まれ変わり、駅名も「かみのやま温泉駅」と変わった。
上山市自体も、いま変革を迎えようとしている。「平成の大合併」の気運の中で、山形市など近隣市町との合併が取り沙汰され、新しい30万都市の誕生がほば確実視されているからだ。
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山形新幹線かみのやま温泉駅
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山形新幹線かみのやま温泉駅


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