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第30回 
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地元大企業の専務から脱サラした大もの蕎麦屋が披露する珍芸至芸

にっぽん蕎麦紀行 写真・文/旅行作家 富永政美 space

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人口9千の町の高層ビル群
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国境の長いトンネルを抜けると雪国だった。
(川端康成著『雪国』)

清水トンネル(全長9702メートル)が開通して、群馬県と新潟県を結ぶ上越線が全通したのは昭和6年。その3年後、トンネルの先の越後湯沢駅に降りた川端康成は温泉旅館に逗留して、『雪国』を書き始めた。

当時の越後湯沢は東京から5時間半もかかったが、いま上越新幹線は、全長22221メートルの大清水トンネルを抜けて、わずか1時間20分で到着する。

新潟県湯沢町は、東京から一番近い豪雪地。人口9000の町に、ひと冬500万人のスキーヤーが詰めかけてくる。その湯沢町の一角、岩原(いわっぱら)地区で奇妙な景色を見た。それはバブル景気のさなかに建てられた高層マンション群で、34階建てを筆頭に25棟6000戸に及ぶ。今、その大半が空き家だという。遺跡を思わせる静寂が辺りを包んでいた。

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雪国の碑(主水公園)
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雪国の碑(主水公園)
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岩原地区の高層マンション群
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岩原地区の高層マンション群
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観光振興のキメ手は手打そば
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その湯沢町で耳寄りな話を聞いた。新潟名物「へぎそば」で観光客をもてなそうと、町の住 民が「手打へぎそば保存会」を結成し、蕎麦打ちに励んでいるというのだ。町役場の観光課が事務方となり、定期的に蕎麦打ち教室が開かれる。

私が訪れたのはスキー・シーズンを控えた秋の1日。たまたま、蕎麦打ち教室の当日と聞いて、見学させてもらうことにした。会場の文化センターに集まった会員は約40人。会費は材料費だけの1000円で、蕎麦打ち道具などの購入費は、観光協会などの寄付でまかなわれているという。

講師は田村恵司さん。手打そばの店『しんばし』の主人 である。 「へぎそば」とは、織物の町として知られる新潟県小千谷(おぢや)市の発祥で、良質のフノリを蕎麦に打ち込み、独特の食感と香りを出す。フノリは赤褐色の海草だが、銅の釜で煮ると鮮やかな緑 色に変わる。緑色の蕎麦…が、へぎそばの常識だが、田村さんのへぎそばは緑色でない。蕎麦の自然の色を保つために、銅の鍋を使わないからだ。

「保存会」は今年で9年目。受講者の大半は女性で、民宿の主婦が多い。いま民宿の大部分が食膳に手打そばを出していると聞いた。 「手打そばを出す民宿が増えては、ご商売に差し支える のでは?」と、田村さんに聞くと、 「いえいえ、民宿さんは皆、私の弟子。そろってウチの宣伝をしてくれますよ」と、笑った。 「ぜひ、私の店へ」と、気さくに誘ってくれる田村さんの車に同乗して、『しんばし』の店を訪ねた。

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湯沢町の中心街、温泉通り
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湯沢町の中心街、温泉通り
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蕎麦打ちを指導する田村恵司さん
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蕎麦打ちを指導する田村恵司さん
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『しんばし』の当主、田村恵司さん
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『しんばし』の当主、田村恵司さん
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温泉街に蔵造りの蕎麦屋
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湯沢町の中心街は、駅の新幹線口から北へ延びる「温泉通り」だ。商店や飲食店が続く中に、町の歴史資料を展示する『雪国館』があり、その先にロープウエーの乗り場がある。 湯沢ロープウエーは世界最大を誇る166人乗り。冬はスキーのゲレンデヘ、春〜秋は雄大な展望が楽しめる「アルプの里」へ、観光客の利用率は極めて高い。

その乗り場のすぐ下が手打蕎麦の『しんばし』。美しい蔵造りの店だった。 広い駐車場の一角に、刈り取ったばかりの蕎麦が山のように積み上げられ、数人の男女が脱穀作業に励んでいた。「自前の蕎麦畑が4反(約4000平方メートル)あるんです。収穫量はウチの店の消費量の1週間分ですが、精神運動として、店の全員で栽培に取り組んでいます」と、田村さんは言う。 先頭に立って働く白髪のご老体は、田村さんの父の恵作さん(78)。「昔はスキー場の周り一面に白い蕎麦の花が咲いたもんですよ」と、元気に話してくれた。

白い外壁とは対照的に、店内は黒光りする杉材で、カウンターと椅子席、小あがりの座敷が区画されている。席数は50。ほかに30席の奥座敷があるが、厨房の流れを円滑にするため、予約の団体客以外には使わないという。椅子席に座って、田村恵司さん(55)が語る店の歴史に耳を傾けた。

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優雅な蔵造りの『しんばし』の店舗
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優雅な蔵造りの『しんばし』の店舗
space 『しんばし』の小あがり座敷
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『しんばし』の小あがり座敷
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