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にっぽん蕎麦紀行



第17回茨城県鉾田町『村屋東亭』
茨城産のそばにこだわり抜く“蕎麦の虫”の精進努力




◎昔は湖の港町…茨城県鉾田町

鉾田町の中心街
鉾田町の中心街

茨城県東南部に開ける霞ケ浦は、琵琶湖に次ぐ日本第2の湖である。その東にもう一つ、北浦という南北約26Kmの細長い湖がある。

2つの湖とも利根川から江戸川へ水路がつながっており、江戸時代には鹿島灘の那珂湊に陸揚げされる東北地方の米を、船で江戸に運ぶ重要なルートとなっていた。

その北浦の北岸に鉾田(ほこた)という町がある。今は人口3万の静かな町だが、昔は湖の港町として栄え、街を流れる七瀬川には、物資を満載した船がひしめいていたという。






◎もと地下鉄の運転士…いまは蕎麦屋の革新派

『村屋東亭』(茨城県鉾田町安房)
『村屋東亭』(茨城県鉾田町安房)


『村屋東亭』の渡辺維新さん 千恵子さん夫妻
『村屋東亭』の
渡辺維新さん 千恵子さん夫妻


鉾田町の中心街から東へ2Km。県道沿いの安房(あんぼう)という所に、『村屋東亭』(むらやひがしてい)という蕎麦屋がある。

店主は渡辺維新(いしん)さん。63歳。その名の通り、革新的な蕎麦打ちとして、蕎麦通には有名な人である。

昭和14年に農家の次男坊として生まれた維新さんは、高校を出ると東京の営団地下鉄に入り、6年間、電車の運転士を務めたあと、茨城に帰り、今度は自動車整備工として働いた。

28歳のとき縁談があって、蕎麦屋のムコになった。店の名は『村屋』。江戸時代は造り酒屋だったが、2度の火事にあって蕎麦屋に転業したという店。義父はその2代目。娘の千恵子さんが店を継いでいた。

技術者肌の維新さんは、蕎麦の道にのめり込んだ。「古い街の古い蕎麦屋」に飽き足らず、北関東から大阪まで、蕎麦打ちの名人を訪ね歩いて勉強し、独自の技術を身につけた。



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