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にっぽん蕎麦紀行
 


第16回 青森県弘前市『高砂』
みちのくの城下町、弘前で食べた“2流そば”120%の見事な味




◎弘前はなぜヒロサキなのか?

弘前市内から見た岩木山
弘前市内から見た岩木山


弘前城天守閣(文化7年築造)
弘前城天守閣(文化7年築造)


JR弘前駅構内に、その答えが書いてある。
要約すると…、
「古語で神社の前庭を広前(ひろまえ)といった。江戸時代の始め、津軽為信公が、高岡と呼ばれたこの地に城を築いたとき、岩木山神社の真正面の方角に当たることから、地名を広前と改めてヒロサキと読ませ、弘前の字を当てた」
なるほど、弘前城の天守閣に上ると、雄大な岩木山が目の前に迫って見える。

為信公が築いた弘前城は五層の天守をもつ壮麗な城だったという。だが16年後、その天守閣は落雷により焼失した。その後、災害や飢饉(ききん)が続いて、弘前城は天守閣のないまま、180年余りが過ぎた。
それが再建されたのは、いまから191年前の文化7年のこと。3層の小柄な天守閣だが、北国の気候に合わせた銅ぶき瓦の薄緑が四方の白壁と見事な調和を見せる。
いま東北地方で、江戸時代そのままの姿をとどめる唯一の天守閣としても貴重なものである。






◎楽しい城下町めぐり

弘前の古い商家・石場屋(亀甲町(かめのこうまち))
弘前の古い商家・石場屋
(亀甲町(かめのこうまち))


長い歴史の中で、一度も戦火に遭ったことのない弘前には、城下町の面影が色濃く残っている。
お寺が多いのも弘前の特長だ。津軽公代々の霊廟(れいびょう)が残る長勝寺。日本最北の五重の塔がそびえる最勝院など、市内の寺院の数は50を超える。
武家屋敷、商人の街、ねぶたの里など…、観光マップを手に歩く名所めぐりは楽しさがつきない。
岩木山神社まで足をのばせば、途中は見渡す限りのリンゴ畑。明治初期に旧藩士たちが始めたリンゴ栽培が、いまは津軽地方最大の産業となっている。



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