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にっぽん蕎麦紀行
 
 

第2回 島根県松江市『松本そば店』
 
殿様が始めた「割子そば」

 



◎いま全国で大流行


「東花寿楽」の札幌割子そば
「東花寿楽」の札幌割子そば

そばを小さな器に盛り分けて、薬味や具を添え、冷たい汁をかけて食べる。それが割子そばだ。器は丸い漆器(代用品も多いが)。3つ重ねが普通だが、1重・2重・・・と、追加もできる。もともと出雲(島根県)名物だった割子そばが、いま全国で人気を呼ぶ。
札幌の『東家寿楽』(あずまやじゅらく)の「札幌割子」は、カニ・イクラ・ウニなど、北海珍味を盛り込んだ豪華版。函館の「まるみなみ」(まるみなみ)では、函館名物イカソウメンがメインとなる。那覇市の『美濃作』で食べた「琉球割子」は、沖縄特有の野菜類にアロエ・モズクなどを配した南国の香り高い逸品。
このほか「山菜割子」「お刺身割子」など・・・、日本全国行く先々でお目にかかる「割子そば」のバラエティ豊富なこと。

 



◎ワリコでなくワリゴが本当


重厚な美しさの松江城天守閣
重厚な美しさの松江城天守閣


そんな人気の「割子そば」は、200年以上も前の出雲の殿様のお道楽から生まれた。
松江藩(18万6千石)の7代藩主松平治郷(はるさと)公は、思い切った行政改革を断行し、窮乏した藩の財政を立て直した名君。一方では不味(ふまい)を雅号とする茶道の大家で、グルメの殿様としても知られた。

 

昭和5年、東京での出雲蕎麦の会の箱
昭和5年、東京での
出雲蕎麦の会の箱


大正12年大阪三越呉服店と描かれた木箱
大正12年大阪三越呉服店
と描かれた木箱


青年期を江戸で過ごした不味公は、お忍びで江戸っ子の街を歩き、その頃、人気が高まっていたそばの味を覚えた。
松江に帰った不味公は、信州からソバの種を取り寄せ、出雲の山で栽培させたところ大変よくできた。これでそばを打たせ、お茶会の後で出した。それが出雲の風流人たちに大好評。不味公は得意満面だったという。

野外での茶会・・・野点(のだて)には、蕎麦を破子(わりご)というヒノキの弁当箱に入れ、大きな箱の中に引き出しのように重ねて持っていった。それが割子そばの起源。破子は破籠とも破盒とも書いた。だからワリコでなくワリゴが正しい。破子を二つ、チョンチョンと打ち合わせ、隅に寄ったそばをすする。それを拍子木(ひょうしぎ)食いといい、粋な食べ方だった。
それが庶民の間にも伝わり、四角い破子はいつか丸い漆器に変わって、字も「割子」と書くようになった。

 
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