そばの散歩道


仰天の海老そば

発酵学者・文筆家 小泉武夫

本日も快腸なり

 頭髪を茶色に染めて、片方の耳にピアスをしたすらりと背の高いハンサムな青年と、彼に似合う風貌をした美人の女性が、その食堂に入ってきた。注文したのは私と同じエビそばであった。

 しばらくして私と彼らのエビそばが同時に運ばれてきた。それを見た青年が「エエッ! チョースゲエヤ、コレ、マジカヨ」と言うと、若い女性も「ムカツクグレー、エビアルジャン」(これ、日本語の会話らしい)と言って、食べ始めた。

 二人は東京から遊びに来たのだという。私もそのエビそばを見てびっくり仰天、カエルも仰向け、といった状態であった。大きめの丼には麺が見当たらず、汁の上に形のいいクルマエビが10尾ものっていた。赤と白の色が実に鮮やかで、コリコリとして甘く、調理直前までピンピンと生きていたことぐらいは、私にもわかった。

 エビを一匹ずつ平らげていくと、下の方に麺が申し訳程度に見えてくる。これぞ知る人ぞ知る竹富島(沖縄県八重山諸島)名物「クルマエビのそば」だ。一杯千円也である。この値段で美味のクルマエビ10尾と麺が味わえたのであるから若者でなくとも「チョートクシタ」ということになる。

 なぜこの食堂の主人は、こんなにも気前がいいのか、その日に何かいいことでもあったのかなあ、と思いながら聞いてみたところ、すぐ近くにクルマエビの養殖場を持っており、エビはふんだんに使えるからということであった。それにしても使い過ぎですよ、ウミンチュー(海の人)さん。とにかく客の私が心配するぐらいすごかった。

 日本人は、世界一大量の魚介類を胃袋に送り込む魚食民族であるが、なかでもエビは好物中の大好物。国民のほとんどがムサボリビッチ・エビスキーさんなのである。エビとイカの消費量は断然世界一で、古来エビを吉事に使うほどである。中国ではエビは「蝦」(シャ)であるから「海老」と書くのは日本で生まれたものであろう。

 天麩羅(てんぷら)、寿司種(すしだね)と、何でも似合うクルマエビの語源は、体を曲げると美しい斑紋(はんもん)が放射状を呈して牛車の車輪に見えるからということだ。

小泉 武夫(こいずみ たけお)
発酵学者、エッセイスト。1943(昭和18)年福島県生まれ。醸造学、発酵学の第一人者であり、食の冒険家としても知られる。今年3月、東京農業大学を退官。現在は、作家として執筆活動に専念する。

イラスト/茂本ヒデキチ




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