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麺類杜氏宿(めんるいとうじやど)
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「杜氏」といえば、本来「さかとうじ」のことであり、酒造り技能集団の職人および、その長を指すが、この言葉自体かなり古い時代から使われていたようで、語源については諸説がある。

一説によると、古来酒造りは神々に使える女性の仕事で、蔵人をたばねる役を務めていたが、その職名を「戸主(とぬし)」が転じて「刀自(とじ)」と呼んだという。現在でも家事をつかさどる中年以上の女性の尊称として、「刀自」という言葉が用いられるが、ルーツはこのあたりらしい。平安時代になって、酒造りは造酒司(みきのつかさ)という役所が行うようになり、また大寺院での僧侶による「僧坊酒」造りなどが盛んになってきて、女性から男性に酒造りの職責が移ったという。

「杜氏」は、時代が下ると広く職名として一般的になり、江戸期になると麺類の注文も受けていた一流どころの「菓子司」が、江戸城や大名屋敷に出入りする際に、蕎麦職人のことを特に「麺類杜氏職」と称した。

その後、「杜氏宿」と呼ばれる「麺類職人請負業」が生まれ、幕末のころには、「美男」「尾張屋」「大芝」などの屋号を持つ口入れ屋が約三十軒、明治、大正期でも十数軒ほどが存在してたという。この宿に待機するそば打ち職人は「寄子(よりこ)」と呼ばれ、腕自慢が多かったが、自負心が強く、店を次々と渡り歩き、身を持ち崩して哀れな最後をとげた者もあった。そこで、杜氏宿の一つである「美男」の初代田中徳三郎なる人物が、そうした職人たちの供養のために谷中で法要を営んだ。いまでも谷中の「長明寺」という寺に「麺類杜氏職寄子中之墓が存在する。

●参考文献「蕎麦辞典」「酒つくりの話」
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