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寝覚蕎麦
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島崎藤村の『夜明け前』第二部の中に、「木曽の寝覚で昼、とはよく言われる。半蔵等のように福島から立って来たものでも、あるいは西の方面からやって来るものでも、昼食の時を寝覚に送ろうとして道を急ぐことは、木曽路を踏んで見るもののひとしく経験するところである。そこに名物の蕎麦がある」という記述がある。「寝覚ノ床」は、江戸時代から木曽路を往来する旅人が、必ず足を止めて眺めた名勝であり、木曽川の流れによって侵食された花崗岩が鳥帽子岩、象岩、獅子岩などのさまざまな形で立ち並ぶ「木曽八景」のひとつである。

「寝覚蕎麦」は、別名「寿命蕎麦」ともいわれ、竜宮城から帰った浦島太郎が、この付近で玉手箱を開けたという伝説からきている。そばは細く長くの縁起であるが、「寝覚ノ床」近くに「臨川寺」という寺があり、境内に芭蕉や子規などの蕎麦を詠んだ句碑や、古来の歌人たちの歌碑が多くある。

麺類店は、この「臨川寺」の向いにある寛永初年創業の老舗「越前屋」が名高く、ここに立ち寄った十返舎一九が、細く白いそばを「そば白く薬味は青くいれものは赤いせいろに黄なる黒もじ」と詠んで賞賛したことでも知られている。木曽福島の蕎麦処としては、木曽馬のふる里でもある「開田高原」も推奨されているが、ここ御岳山の裾野の標高一一〇〇〜一三〇〇メートル一帯に広がる高原で、毎年一〇月中旬に盛大な「そば祭り」が開かれる。

●参考文献『蕎麦辞典』『そば・うどん百味百題』
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