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けんどん
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「けんどん屋」といえば、江戸中期までにおける麺類店の異称であるとされるが、「けんどん」という言葉は、もともと漢字で「倹飩」もしくは「慳貪」という文字をあて、前者は上下と左右に溝があって、ふたや戸のはめはずしが可能な「けんどん箱」を意味し、後者では、無愛想なことやケチなことを意味した。江戸時代に「そば屋」という呼称が一般化しはじめたのは、享保(一七一六年以降)のころからといわれるが、それまで「けんどん屋」と呼ばれたのは、日本橋瀬戸物町にあった「信濃屋」という店の主人が無愛想で突っけんどんであったことから、そば屋一般がこう呼ばれたという説と、寛文年間(一六六一〜一六七二)ごろ吉原のあったそば屋の「けんどんそば切り」が評判になったので、そう呼ばれるようになったという説がある。

ちなみに初期の「けんどんそば」は、蒸篭を使った蒸しそばだったといわれているが、「けんどん屋」では、そばを蒸篭のままではお客に出さずに平椀に移しかえてから供したという。

「けんどん箱」に関しては、昔は「かつぎ」という、酒や飯、うどんなど外番の出前に用いられたが、そばに関しては、「塗り舟」と呼ばれる長方形の浅い舟形のぬりものに入れ、けんどん箱に入れて運んだらしい。歌舞伎十八番のうちの「助六」の劇中に、「福山のかつぎ」という威勢のいい役があるが、このときのそば屋に扮した役者が、尻っぱしょりをして肩に担いでくるのが「けんどん箱」である。

●参考文献『そば・うどん百味百題』『蕎麦辞典』『そばやのはなし』
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